「漕ぎ出た私たちの舟」 マルコによる福音書 4章35~41節
湖のほとりの大群衆に向かって小舟の中から教えておられたイエスは、夕方になって「向こう岸に渡ろう」と言い出します。 大群衆を湖のほとりに残したまま、イエスを乗せた舟は、向こう岸に向けて漕ぎ出します。 その夜、激しい嵐に出会う。 向こう岸に着いた途端、汚れた霊に取りつかれた人に出くわす。 死にそうになっている幼い娘を抱える人が、困ってイエスのもとに駆け寄って来る。 決して治ることのなかった難病をもつ人が、イエスに触れようとその背後から近寄って来る。 イエスは、向こう岸にいる苦しむ異邦人の待つところに「渡ろう」と、弟子たちに語られたのです。 しかし、弟子たちは、向こう岸での務めにふさわしくない信仰にあることを顕してしまいます。 手慣れた湖と舟のかじ取りであったので、激しい嵐に自分たちの経験と知恵によって格闘します。 ついに、その経験と知恵を越えた嵐であることが分かった時、それが恐れに変わります。 イエスを必要としない弟子たちの姿が、ここにあります。 弟子たちは、眠っているイエスを不快に思います。 イエスを呼び起こして「先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか」と、憤りをもって叫びます。 弟子たちはたった今、病人を癒し、力強く神の国の福音を語るイエスを、大群衆と共に間近に見て聞いていたはずです。 しかし、イエスは、この弟子たちの不信仰な叫びに応え、時にかなった助けを与えます。 激しい風と荒れ狂う湖に向かって「黙れ、静まれ」と叫び、神への信頼のうちに神の力に包まれて眠っておられたご自身の姿を示されます。 そして、「なぜ怖がるのか。 まだ信じられないのか。」と嘆かれたのです。 イエスご自身が「向こう岸に渡ろう」と言われたのです。 そこには、神のみこころがあるのです。 イエスは、眠っておられたけれども、一緒にその舟に乗っていてくださっていたのです。 弟子たちはそこで、「いったい、この方はどなたなのだろう。」と、もう一度立ち止まり、イエスを改めて仰いで見出したのです。
最初の頃の教会の群れは、ユダヤ教からもローマ帝国からも迫害を受け、この嵐の中の小舟のように翻弄されました。 しかし、聖霊に満たされて「復活の主」の生きた証人となっていたこの教会の群れは、イエスが自分たちをともなって「向こう岸に渡ろう」と乗りこんだこの舟を、自分たちの教会の姿に見てとったのです。 不信仰な叫びを挙げる自分たちを乗せた舟に、「復活の主」がともに乗りこんでくださっている。 その時にかなった助けによって、時代の突風を突き通して向こう岸に向かっている。 着いた向こう岸で、想像もつかなかった「復活の主」の恵みの業を目の当たりにしている。 弟子たちは、この「向こう岸」に向かう舟こそが、自分たちの姿である事を悟ることができたのです。 私たちは、この「向こう岸に渡ろう」とイエスが語りかける途上の舟の中にともにいるのです。
「苦難が導く慰め」 コリントの信徒への手紙二 1章3~11節
パウロは、コリントの教会の人たちに向かって、「兄弟たち、アジア州でわたしたちが被った苦難について、ぜひ知っていてほしい」「わたしたちは耐えられないほどひどく圧迫されて、生きる望みさえ失ってしまいました」「わたしたちとしては死の宣告を受けた思いでした」とまで、恥ずかしげもなく、自分たちの苦しみの姿を知らないでいてもらいたくないと手紙に書いています。 私たちは、苦しみに遭うことは心がけが悪いからである。 なるべくなら、苦しんでいることは自分一人の中に納めておきたい。 できれば晒したくないと考えてしまいます。 パウロは、具体的な自分の苦しみを積極的に語ります。 聖書には、パウロの受けた苦難はきりがないほど列挙されています。 なぜなら、パウロは、これらの苦難を通して自分が受けた神の慰めを人々に語りたいためです。 パウロが受けた苦しみはすべて、キリストの福音を宣べ伝えるという務めに結びついているからです。 パウロは「神は、あらゆる苦難に際してわたしたちを慰めてくださる。」 「神からいただくこの慰めによって、あらゆる苦難の中にある人々を慰めることができます。」と言うのです。 苦しむ者こそ、神の慰めを経験することができる。 それだけでなく、その慰めを苦しむ人々と分かち合うことができる。 それは、キリストのゆえであると言っているのです。 「キリストの苦しみが満ちあふれてわたしたちにも及んでいるのと同じように、わたしたちの受ける慰めもキリストによって満ちあふれている」と言うのです。 パウロは、この苦しみと慰めこそが、キリストに触れる者すべてに共通のものであると言うのです。 パウロは、逃れることのできない、解決の糸口さえ見つからない、出口のない苦しみに遭いました。 パウロは、完全に自分自身に絶望したのです。 自分自身に寄り頼むことに絶望したのです。 パウロはこの絶望によって、自分自身から解放された。 自分自身を寄り頼むことから、神を信頼することへと転換させられた。 自分自身に完全に絶望したからこそ、神を信じ頼ることを悟ったのです。 ついに、パウロは、苦しみを受けることから立ち上がって、苦しみを背負うことへと変えられた。 その苦しみから導かれる慰めを、ともに苦しむ人々と分かち合うことへと転換させられたのです。 苦しみも慰めも、神のものです。キリストの十字架の苦しみのもとに、神がおられるのです。 そこにこそ、神の慰めと救いがあるのです。 私たちの教会もまた、この絶望の中に、弱さの中に神が働いてくださることを知ることができる。 この弱さと乏しさこそが、神が働いてくださることを鮮やかに証しすることができるのです。
[fblikesend]「私たちがささげる祈り」 使徒言行録4章23~31節
日本ホーリネス教団のある牧師の証しを知らされました。 「私の父は牧師であったが、戦時中に検挙されて留置された。 父の牧会していた教会は解散させられ、集会は禁じられた。 当時私たちは青森市にいたが、母はリンゴの袋はりなどして、留守の家庭を支えていた。 私はその母の苦労を間近に見て育ったが、子供心にも不思議だったのは、いつも母の口から賛美があふれ、いつも母がにこにこしていることだった。 母はよく、お父さんは、イエス様のために苦しめられて、きっと喜んでいるよと話していた。 時代が時代だけに、私も学校でスパイの子とののしられたり、石を投げつけられたりすることがしばしばあった。 だがそんなときでも私は母と、きょうもイエス様のためにひどい目に遭ったよ。 でも、天国でのごほうびがまたたまったねなどと言っていた。 父は病弱だったせいもあって数カ月で出所できたが、近くで伝道していた牧師が餓死したという知らせを聞かされた時の厳粛な思いを忘れることができない。」と書かれていました。 わずか70年前の私たちの国で起きた出来事です。 ペトロとヨハネは、「イエスの身に起こった死者の中からの復活を宣べ伝えた」ことによって捕らえられました。 しかし、「ナザレの人イエスの名の他には救いはない」と、神殿の中でも、法廷の場でも大胆に語りました。 釈放されたペトロとヨハネが先ずしたことは、仲間のところに戻ったことでした。 時の支配者たちに言われたことを包み隠さず話した二人の話を聞いて、その所で心を一つにして神に向かって声を上げたというのです。 二人が戻った所は、交わりと祈りと礼拝のある所です。 苦難の十字架のイエスのもとに心を一つにして集まっている所です。 彼らは、「天と地と海と、そこにあるすべてのものをつくられた方である」神に向かって、声を上げた。 彼らは、十字架の苦難には復活の喜びが続くことを目撃し知っていた。 だから、苦難も悲しみも神の「御手と御心によってあらかじめ定められていたこと」が起こされたに過ぎない。 この苦難と悲しみには、必ず神のご計画がある。 神の御心がある。 神の愛がこの苦難と悲しみに働いておられると信じて祈ったのです。 その神への信頼が、「主よ」と呼びかけ、一同を心を一つにして祈らせたのです。 驚くべきことに、彼らの祈りは、襲いかかってくる支配者たちから守ってくださいという祈りではありませんでした。 「主よ、今こそ彼らの脅しに目を留めてください。」「あなたの僕たちが、思い切って大胆にみことばを語ることができるようにしてください」と祈ったのです。 自分たちを苦しめ脅しをかけている支配者たちに対して、なおも大胆に神のみことばを語る力を、イエスの僕として求めたのです。 神が御手を伸ばして働かなければ、聖霊の働きがなければ見ることのできない業としるしを願ったのです。 リンゴの袋はりをし、スパイの子とののしられ石を投げつけられている息子の姿を目の当たりにしても、その口から賛美があふれ笑顔が失われなかった母の証しの姿があります。 「イエスの名のために辱めを受けるほどの者にされたこと」を私たちは喜びとしたい。
[fblikesend]「イエスに見出された弟子たち」 ヨハネによる福音書1章35~42節
バプテスマのヨハネは、「あなたはメシアですか」と尋ねられても「私は、荒れ野で主の道をまっすぐにせよと叫ぶ声である」としか言いません。 「私の後にくる方は、私にまさる」と、イエスだけを語ります。 水のバプテスマを受けるために歩いて来られるイエスを見て、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ」と信仰を言い表したのです。 「霊が降ってとどまるイエスを見た」と証ししたのです。 信仰は、イエスを仰ぎ見ることです。 イエスの姿が見えていると、自分の言葉で言い表すことです。 イエスを見るためにイエスに従ってついて行くことです。 その姿がここにあります。 そのバプテスマのヨハネの二人の弟子も同じでした。 ヨハネの「神の小羊だ」と告白した言葉を聞いて、イエスに従って行ったのです。 すると、その二人の弟子が従って来るのを見て、イエスの方が振り返り「何を求めているのか」と声をかけられたのです。 二人の弟子は、「先生、どこに泊っておられるのですか」とイエスに尋ねます。 イエスは、その問いにただ「来なさい、そうすれば分かる」とだけ言います。 二人の弟子はイエスの言う通り、イエスについて行ってイエスのもとに泊ったとあります。 実は、この「泊る」という言葉は、「ぶどうの木」の譬えに用いられている、実が木の幹に「つながる」「結びつく」「とどまる」と同じ言葉なのです。 「イエスのもとに泊った」とは、イエスのもとにとどまった、イエスにつながった、イエスのおられるところにとどまり続けたということなのです。 二人の弟子は、イエスの言う通りについて行って「何を求めているのか」探し求める決意をイエスに言い表しました。 その弟子にイエスは、自分のもとにとどまることをお赦しになったのです。 そして、二人は、イエスのもとにとどまり続け、ついにイエスの者となったのです。 私たちがイエスに従って行くと、イエスの方から歩んで来られて声をかけて下さるのです。 「来なさい、そうすれば分かる」、あなたがたが何を求めているのか分かるようになると言われるのです。 この二人の弟子の一人のアンデレは、さっそく自分の兄弟であるシモンに「私は、メシアに出会って見た」と証言します。 そして、シモンをイエスのもとに連れて行きます。 ところが、イエスは、シモンを見つめてイエスの方から呼びかけられます。 「あなたはヨハネの子シモンである」とすでにシモンの名前を、イエスは知っていた。 それどころか「ケファと呼ぶことにする」と、新しい名前を与え用意していたのです。 シモンは、イエスに仕える者へと、新しい名前を与えられて変えられるのです。 来て見なさいという呼びかけに従う所に、イエスの宣教が始まります。 イエスの呼びかける「来なさい、そうすれば分かる」という言葉が、私たちにイエスの姿に出会わせるのです。 そして今度は、私たちの言う「イエスのもとに来て見なさい」という言葉が、イエスの宣教の業を推し進めるのです。 私たちは、イエスが夜を徹して祈った、選ばれて用いられている存在です。 イエスによって見出されたその喜びのうちに、この地上の生涯を歩んでいる者です。
[fblikesend]「信仰がなければ知ることのない誘惑」 ルカによる福音書4章1~13節
荒れ野に、悪魔という存在がイエスを待ち受けていました。 そこには、悪魔とイエス以外には誰もいません。 悪魔に与えられたイエスを誘惑する時間は、40日間です。 「神の子なら、その力を使って石をパンに変えてみろ。 民衆が神の子メシアに期待している、目に見える業を起こしてみろ。」と、悪魔がしたたかに迫ります。 イエスは、「人はパンだけで生きるものではない」と聖書に書いてあると応じます。 更に悪魔は、イエスを高く引き上げて一瞬のうちに世界のすべてを見せて、「わたしに任されている、この国々の一切の権力と繁栄を与える。 だから、わたしを拝め」と、迫ります。 ここでも、イエスは「あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ」と聖書に書いてあると応じます。 すると悪魔は、「神の子なら、ここから飛び降りたとしても、神が必ず守ってくれると聖書に書いてある。 だから、イエスよ、飛び降りてみよ。」と、聖書の言葉を用いて迫ったのです。 ここでもイエスは一貫して「あなたの神である主を試してはならない」と書いていると答えます。 イエスが、試みに会われたのは、バプテスマを受けて聖霊に満たされて、ヨルダン川から戻って来た後のことです。 荒れ野に導いたのは、この聖霊です。 それは、人間の体をとってくださったイエスが、人間の弱さを知り、神のみこころを知るため、神のみこころに沿う者として整えられるためでした。 神のご計画の業であった「荒れ野」の試練を、イエスが、聖霊に導かれて神に従って、自ら進んでお受けになったということです。 人間の弱さにおいて、神の強さにおいて、この悪魔の試みに会っていただいたのです。悪魔は、イエスが神の子であることを認めています。 ですから、何度も「神の子なら」と迫ったのです。 聖書の言葉を駆使して、迫ったのです。 イエスにとって、迫られた試みはすべて容易にできることばかりです。 悪魔は、「神の子」なら簡単にできることを知って巧みに誘うのです。 人間の弱さを知っているからこそ、神の力の偉大さを知っているからこそ分かる、霊的な戦いなのです。 イエスの「神の子」としての戦いは、神のもとにあった人間を引き離す力との戦いです。 イエスは、悪魔の試みの中を、神への祈りと神のみことばをもって、神から離れることのない人間の姿を守ったのです。 私たちは、神の力の大きさや広さや恵み深さをもっと知る必要があります。 それと同じぐらいに、誘惑する者の力の限界や巧妙さや周到さもまた知る必要があります。 悪魔は、「私にひざまずくなら」と言います。 神は、私たちにご計画によって試練を与え、この悪魔の前にひざまずいている私たちのみじめな姿を知らせてくださるのです。 その姿は、聖霊によって悔い改め、示されなければ見ることのできない姿です。 試みは、神のみ手と神のご計画の中にあることです。 私たちは、このことに気づかされた神に祝福された者なのです。
[fblikesend]「神の愛による成長」 フィリピの信徒への手紙1章3~11節
両親とともにガリラヤのナザレに戻った幼子イエスは、「たくましく育ち、知恵に満ち、神の恵みに包まれた」とあります。 12才となったそのイエスを連れて、両親は祭りの慣習に従ってエルサレムの神殿に上っていきます。 その帰りに、両親は少年イエスを見失い慌てます。 さんざん捜し回って見つけた所は、聖書の説き明かしがされているエルサレムの神殿の境内でした。 しかし、イエスは「わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だ」と反応します。 私たちは、イエスもまた私たちと同じように、一人の子、少年となって心も体も成長していかれたことを知ります。 イエスは、神を知る知恵において、神の恵みに包まれることにおいて、たくましく成長されたのです。 両親は、少年イエスは自分たちのもとにいるものだとばかり思っていた。 しかしイエスは、「自分の父」と言うぐらいに神との強い繋がりの中にあった。 少年イエスだけが、神を見上げて神のもとにいた。 ですから、イエスがどこにいようが神の目がイエスに注がれ、神の恵みがイエスを包んだのです。 人間としての体をもってたくましく成長する人間の姿を、この少年イエスの姿に見ることができます。 パウロは、フィリピの信徒たちに、その信仰の成長の願いを込めて祈りをささげます。 「わたしは、あなたがたのことを思い起こす度に、わたしの神に感謝し、あなたがた一同のために祈る度に、いつも喜びをもって祈っています。」 その理由は、「あなたたちが今も変わらず福音にあずかり続けているから」、「共に恵みにあずかる者と思っているから」だと祈ります。 この時、パウロはこの福音に与かったが故に、牢獄の中にありました。 そのパウロが、福音にあずかり続けていることは神の恵みである。 ともに福音にあずかっているから、神に感謝し喜んでいると祈っているのです。 更にパウロは、「その福音の善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げてくださる。」 「キリスト・イエスの愛の心で、知る力と見抜く力とを身につけて、あなたがたの愛がますます豊かになり、本当に重要なことを見分けられるように」成長してくださると祈ります。 この福音を起こしてくださったのは、神です。 ですから、パウロはすでに与えられた恵みとして、そのことを神に感謝し喜んでいるのです。 少年イエスも、神を見上げ、神のみこころを求める祈りの中に、地上の生涯を歩まれました。 神がおられる所にいつもおられました。 ですから、神の恵みに包まれて知恵に満ちてたくましく育ったのです。 パウロはイエスが私たちと同じ痛み、悲しみ、苦しみを背負われたお方であるからこそ、その愛に押し出されてますます「知る力」において、「見抜く力」において、豊かに成長させてくださると祈るのです。 それだけではありません。 幼子、少年の時代を通られたそのイエスご自身が、父なる神のもとで、私たちの信仰の成長のためにとりなし続けて祈ってくださっています。 この一年、このお方に信頼して、従い続けて参りましょう。
[fblikesend]「命の水の流れる川のほとり」 エゼキエル書47章1~12節
故郷エルサレムから遥か遠いバビロンの地に囚われの身となって移住させられていたエゼキエルに、新しい神殿の幻が与えられました。 神殿の入口の門の敷居の下から水が湧き上がっている。 東の方に向かって流れ始めている。 神殿の敷居や祭壇や壁をつたいながら水が流れ出し始めている。 エゼキエルは、約半キロ程度進むごとに、川の深さが深まって行くことを知らされました。 また目を上げさせられ、川のほとりの光景も見させられました。 そこには木が生い茂っている。 実のなる木が大きくなり、葉は枯れず、果実は絶えることがなく、月ごとに実をつけている。 その実は食用になり、葉は薬用となる。 エゼキエルは、この命の水が、新しい神殿から流れ出る新しい命の水であることを知りました。 その命の水の豊かさも、伝われば伝わるほどに満ち溢れてくることもまた知らされました。 そして、この命の水によって養われる、ほとりにいるイスラエルの民のよみがえった姿、実を豊かにつけた姿を見て取って、神に感謝したのです。 後にイエスは、井戸の水を汲みに来たサマリアの一人の女性に言いました。 「この水を飲む者はだれでもまた渇く。 しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。 わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水が湧き出る。」と言われました。 このイエスから約600年も前に遡る時に、エゼキエルはこのことを幻の中で知らされたのです。 私たちのつける実や葉っぱが、さらに食料となり、薬となって、私たちの周り、命の水の流れの川のほとりにまで祝福してくださる。 なすところすべて、神の祝福で満たされる。 このことを信じて新しい年を歩んで参りたい。
[fblikesend]「シメオンとアンナの賛美と祈り」 ルカによる福音書2章22~38節
イエスの両親ヨセフとマリアは、忠実に律法の定めを守りイエスを神殿に連れて行きます。 しかし、ルカは、その幼子イエスが神のために献げられる聖なる者とされるために、これから担っていかなければならない務めを示されるために、神殿に導かれて来たと言います そのために、神殿に二人の神の証人、預言者シメオンとアンナが用意されていました。 信仰があつく聖霊がとどまっていたシメオンは、いつものように救い主を見るまでは死ぬわけにはいかないと、神殿の境内に入って行きます。 そして、雄羊一匹も用意できない貧しいイエスの両親に出会います。 この時、シメオンは真の祭司の役目を担うことになります。 シメオンの方から幼子イエスを抱き抱えて「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり この僕を安らかに去らせてくださいます。 私はこの目であなたの救いを見たからです。」と言います。 シメオンは神の前に、救い主に出会うことのできた喜びと神への賛美を言い表しました。 シメオンは、自分の死に備え、ひたすら自らの生きる務めを救い主に出会うことに置き続けた人です。 そのシメオンが務めを果たすことができた。 その与えられた生涯を、最後に感謝した言葉が先の言葉です。 死を臨む時に、何によっても奪われることのない希望と平安を知ることができた喜びがここにあります。 シメオンはそれだけでなく、母マリアに「この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりする。」「反対を受けるしるしとなる。」「多くの人の心の中にある思いがあらわにされる」ようになると預言します。 この幼子イエスの苦難の生涯を伝え、この神の救いのご計画の最後まで母が関わるようにと、シメオンの生涯の最後の言葉として伝えたのです。 年老いた女預言者アンナも同じです。 自ら幼子イエスに近づき、神を賛美し、同じように神の救いを待ち望んでいる人々に、その幼子のことを語り伝えたとあります。 最後を迎えたシメオンの言葉と、年老いても忠実に仕えていたアンナの姿に、私たちは「待つこと」を知らされます。
[fblikesend]「さあ、ベツレヘムへ行こう」 ルカによる福音書2章1~20節
イエスが誕生した時は、広大な領土をもつローマの皇帝が住民登録をせよと勅令を出した時であると、聖書は記しています。 全世界を覆い尽くそうとする皇帝の輝かしい姿に対して、ローマに支配されているユダヤの国の片隅で、救い主の「らしくない」姿を映し出します。 その救い主の姿は、家畜小屋の中で「布にくるまれて飼い葉桶に寝かされている乳飲み子」の姿でした。 神に告げられて、苦しくても身に起きる出来事を背負って行こうと決意したマリアでした。 不安の中にもマリアを受け入れて愛して、黙って神に従ったヨセフでした。 しかしいざ現実になって見ると、救い主と言われても、家畜小屋の臭いのなかで粗末に扱われ、誰からも祝福を受けない「乳飲み子」の姿でした。 ところが、ヨセフとマリアは意外な人たちから神の祝福を知らされます。 その地方で野宿しながら夜通し羊の群れの番をしていた羊飼いたちでした。 彼らは、昼夜を問わず町の外で生活をしなければならない、律法に定められている安息日さえも守ることのできない、卑しい仕事についている者と蔑まれていました。 住民登録さえも要求されない、社会から軽んじられ、疎んじられた人たちでした。 その羊飼いたちに、最初のクリスマスの知らせが届いたのです。 羊飼いたちは、主の栄光に照らされて、天の使いによる神のみことばによって、「布にくるまれて飼い葉桶に寝かされている乳飲み子」を救い主と見定めることができました。 彼らは、神のみことばを通して、神から告げられたしるしである「乳飲み子」を見ようとします。 「さあ、ベツレヘムへ行こう。 主が知らせてくださった出来事を見ようではないか。」と、自分たちの生活を中断してでもイエスのもとに駆けつけるのです。 そして、彼らは見聞きしたことがすべて告げられたみことば通りであったので、神をあがめ、賛美しながら元の場所、何にも変わらない野原の生活に戻って行ったのです。 羊飼いたちは、神に導かれて救い主のもとへ出かけて行きました。 神のみ言葉に従って見ることによって、救い主に出会うことができました。 そして救い主に出会った喜びを、今までの生活を背負いながらも、人々に伝える者に変えられたのです。 私たちもまた、見つけ出した「飼い葉桶」を大切にしましょう。 決して恥ずかしもの、理解できないものと思ってはなりません。 そこには、「乳飲み子」の姿をとったイエスがおられるのです。
[fblikesend]「選ばれるという神の恵み」 ルカによる福音書1章26~38節
祭司であるザカリアにヨハネの誕生を告げた同じ天の使いが、「ナザレというガリラヤの町」に住む「ダビデ家のヨセフのいいなずけであるおとめ」の所に神から遣わされます。 天の使いの最初の挨拶は「おめでとう。 恵まれた方。」でした。 「喜びなさい。 大きな喜びを頂いた者よ。」という響きのある語りかけです。 その喜びの理由は「主がともにおられる」からであると、マリアに告げます。 モーセの場合も、イエスの弟子たちも同じように、「主がともにおられる」と励まされ、送り出されました。 聖書は一貫して、主がともにおられることが私たちの喜びであり、恵みであると伝えます。 この天の使いの不意の語りかけに、マリアは戸惑い考え込んでしまいます。 そんなマリアの様子を見て、天の使いは「マリア、恐れることはない。」 なぜなら、もうすでにあなたは「神から恵みをいただいた」からだと言うのです。 問題は、その恵みの中味であります。 「あなたは身ごもって男の子を産む。」 しかも、「イエスと名付けなさい」と名前まで決められています。 確かにマリアはヨセフと婚約はしていたけれど、一緒に住んで結婚生活をしていたわけではありません。 ましてや子どもの名をつけるのは親の権利です。 マリアは、このことだけでも自分の身に、これから起こる筈のないことが起きるという、とんでもない出来事の予告であったのです。 更に天の使いは、「その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる」、神がその子に「ダビデの王座をくださる」、その子は「永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない」と言うのです。 そんなことよりもマリアの戸惑いと不安の思いは「あなたは身ごもって男の子を産む」という一点にかかっています。 ですから、マリアは「どうしてそんなことがありえましょうか。 わたしは男の人を知りませんのに。」と尋ねるのです。 マリアは、これから湧き起こってくる人々の中傷や非難も頭をよぎったでしょう。 ですから、天の使いに説明を求めたのです。 そのマリアの問いに対する神の答えが「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。 だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる」というものでした。 神の霊がマリアに降る。 神の力がマリアを包むと言われたのです。 更に、親戚であった年老いたエリサベトに、諦めていた子どもが与えられたしるしを知らされます。 そのしるしとともに、「神にできないことは何一つない」と告げられます。 マリアは実際に親戚のエリサベトを訪ね、「主は、今こそ、こうして、わたしに目を留め、人々の間からわたしの恥を取り去ってくださった」という、一人の年老いた女性の信仰に接します。 そして、「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう」というエリサベトの証しにも接します。 いつの間にかマリアの問いは、「イスラエルの預言が実現する、ダビデの王座を継ぐ、偉大な人物になる」というような子を宿す資格は自分になどない。 「どうして、そんなことがありえましょうか」という問いに変えられていきます。 マリアに訪れた最初のクリスマスは、一方的な神の働きでした。 この神の語りかけとエリサベトの信仰によって、何かが解決する特別な糸口が見つかったわけではありません。 しかし、マリアは、神が語りかけ、用いてくださろうとしていることを知りました。 そのことが恵みであり、喜びであることも悟りました。 人々の非難や中傷を身に受けても、「神がともにおられる」という約束に自らを委ね、「神にできないことはない」というみことばに立ち上がることができました。 その答えが「わたしは主のはしためです。 お言葉通り、この身に成りますように。」という信仰です。 マリアは特別な女性であったのでしょうか。 名も知れない小さな町のおとめです。 神がともにいてくださったことを、生涯を通して証しをした人物です。 私たちもまた、神の前にこのクリスマスをひとりひとりが迎えます。 この神の選びが神の導きであり、恵みであると受け止めることができた時に、神の祝福と神への喜びの賛美が待っています。
[fblikesend]« Older Entries Newer Entries »