「私たちを導くイエスの霊」 使徒言行録16章6~15節
アジアから海を越えてヨーロッパ大陸に初めて福音の宣教が伝わった、その時の聖霊の働きが生き生きと語られています。 エルサレム会議において「救われる為には割礼は必要でないこと」が激論のすえ確認され、パウロたちは意気揚々とアジア州各地を巡り、その中心地エフェソに向かう計画でした。 ところが、「パウロたちがそのアジア州でみ言葉を語ることが禁じられた」と書かれています。 パウロはこのアジア州で宣教するために、シラスと評判の良い弟子テモテを連れていく準備をしたのです。 「救われる為には割礼は必要でないこと」を自ら出張したパウロは、父がギリシャ人であったこのテモテに割礼を受けさせてまで、行く先々のユダヤ人伝道のために周到な準備をしていたのです。 ところが目に見えない聖霊が、アジア州ではみ言葉を語ることを「禁じた」とまで強い言葉で書かれています。 み言葉を語ることだけでなく、彼らの計画通りに進むことが閉ざされたのです。 アジア州での宣教を一旦は断念せざるを得なかったパウロたちは、今度は北上しようとします。 そこでも、「イエスの霊がそれを許さなかった」とあります。 仕方なくパウロ、シラス、テモテ、そしてルカの宣教チームは進路を西に取らざるを得なくなったのです。 自分たちの宣教計画が途中でとん挫し、理由が分からないままに留まらざるを得ない苦しい状況にパウロたちはあったのです。
私たちにとって一歩後退、全面撤退と思われるようなことがあります。 じっと我慢しなければならない時があります。そのようなところにこそ、新しい道が開かれます。 むしろ、「そうしてはならない」という聖霊の導きがあることを私たちは知らされます。 パウロは「そこでみ言葉を語ってはならない」という神の声を聞いたのです。 そこに行こうとしたにもかかわらず「そこに行ってはならない」という神の声を「聞く人」であったのです。 重要なことは、自分が思いとどめられた時に神の声を聞くことができるかどうかです。 パウロは二度にもわたって神の声に聞いて従っています。 その時、パウロは一人のマケドニア人が立って、「マケドニア州にわたって来て、わたしたちを助けてください」としきりに願う「幻」を与えられているのです。 パウロは「神がわたしたちを召されているのだと、確信するに至ったから」、新しい道へと大胆に進んで行くことができたのです。 もうひとつ重要なことは、パウロが見たこの「幻」がこの宣教チームの中で分かち合われているということです。 ひとりの人に示された「幻」が語られ、それを聞いて互いに祈り、吟味して共通の「幻」として確信したから行動を起こしたのでしょう。 そこに、「すでに心が開かれていた」一人の女性が準備されていました。 「主が彼女の心を開かれたので、彼女はパウロの話を注意深く聞いた。 彼女も家族の者もバプテスマを受けた。 彼女が自分の家を提供して、教会が立ち上がっていった。」と書かれています。 この女性がヨーロッパ最初の信徒です。 この女性の家がヨーロッパ最初のフィリピの教会へと発展して行ったのです。 この宣教の業を推し進めたのは、幻を与え、心を開いてくださったイエスの霊の働きです。 パウロもシラスもテモテもルカも、その働きに用いられたのです。 パウロたちは北に向ってさまよい、西に向ってさまよいました。 私たちの目には、どう見てもパウロの宣教は妨げられたのです。 しかし、このさまよいも挫折もすべて、神のみ手の中にあります。 神が心を開き、扉を開けない限り、私たちの業は進みません。 私たちの計画がどうなるのかが問題なのではありません。 成功においても、失敗においても、神のみ心のために用いられた、神の業であった、すべてはイエスの霊によって導かれていることだと悟り、私たちはそれに委ねるということが大切なのではないでしょうか。
「賛美と祈りから起こること」 使徒言行録16章25~34節
順調に始まったと思われたパウロたちのフィリピでの宣教に、突然、異変が起こります。 パウロとシラスが訴えられ、捕らえられ、牢に投げ込まれたというのです。 その理由は、占いの霊にとりつかれた女奴隷をパウロがその汚れた霊から解放させたことからでした。 当時、人々が自分の将来について何かしらの教えをこの占い師である女性たちから受けていたのでしょう。 その際の礼金が、その女性たちの主人の財産になっていたのでしょう。 ところが霊的な力をもっていた一人の女性占い師は、パウロたちの語り出すキリストの福音の霊的な力を肌身に感じ、「この人たちは、いと高き神の僕で、皆さんに救いの道を宣べ伝えているのです」と、幾日も繰り返し語りパウロたちにまとわりついたのです。 パウロがたまりかねて、彼女にとりつく霊に向かって「イエス・キリストの名によって命じる。 この女から出て行け。」と言い、彼女をこの霊から解放させたのが事の発端です。 金儲けの手段を取り上げられた主人たちは、その腹いせにパウロとシラスを捕らえ、「この者たちはユダヤ人で、わたしたちの町を混乱させています。 ローマ帝国の市民であるわたしたちが受け入れることも、実行することも許されない風習を宣伝しております。」と訴えたのです。 理不尽な言いがかりでした。 パウロとシラスは、衣服をはぎ取られ何度も鞭で打たれました。 厳重に見張るために看守をつけられ、一番奥の牢に入れられました。 逃亡を防ぐために、足には木の足かせまではめられました。 だれも救い出すことのできない状況に、救い出す人がだれもいないという状況に、パウロとシラスが閉じ込められたのでした。 パウロとシラスの体には、その時の鞭打ちの傷があったでしょう。 傷の痛みが続いていたでしょう。 奥の牢にあって、暗闇の中に閉じ込められて何も見えていなかったのでしょう。 そのパウロとシラスが鞭打ちの傷の痛みを負い、自由をまったく奪われた状態を背負い、何の希望も見出せない牢の中にあってつぶやきもせず、自己弁護もせず、それどころか「真夜中に賛美の歌をうたって神に祈っている」のです。 この「賛美と祈り」がその牢獄の中に響き、「ほかの囚人たちは聞き入っていた」と言います。 呟きと呪いと諦めの声だけがこだましていたこの暗闇の牢獄が、「神を賛美し、礼拝の場」となっている。 この「賛美と祈り」には、状況を一変させる力があるのです。 そこに突然の大地震が起こり、「牢の戸が開き、すべての囚人の鎖が外れてしまった」のです。 この突然の出来事は、パウロたちを救い出すためだけのものではなく、看守とその家族の救いのためでもありました。 てっきり囚人たちは逃げ出したに違いないと思い込んだその看守が「剣を抜いて自殺しようとした。」 しかし、すでに喜びと賛美の場となっていた牢の中の囚人たちは、だれ一人として動かなかった。 看守の耳に、「自害してはいけない。 わたしたちは皆ここにいる」というパウロの声が響いたのです。 ここから、看守と囚人の立場が逆転します。 看守はパウロとシラスを牢の外へ連れ出し、「先生方、救われるためにはどうすべきでしょうか」と尋ねるのです。 限界まで追いつめられた看守の最後の叫びです。 「主イエスを信じなさい。 そうすれば、あなたも家族も救われる。」というみ言葉が響きました。 神のもとを離れてさ迷っている者を救い出す「救い主」イエスを信じなさい。 そのお方のうえに、身を置きなさい、お任せしなさい、委ねなさいと言われたのです。 本当に信じるなら、私たちも私たちの家族も救われるのです。 そのために、主イエスが不可能と思うその心を開いてくださるのです。 ですから、賛美と祈りのある礼拝の場所には、どのような場所であろうとも考えられない神の奇跡の業が起こるのです。 看守とその家族はその喜びを分かち合ったと記されています。
[fblikesend]「教会の力」 使徒言行録18章1~11節
パウロは、フィリピ、テサロニケ、アテネなどギリシャの多くの都市を転々と宣教していました。 アテネでは、後から駆けつけてくるシラスとテモテを待っていたのです。 しかし、パウロは彼らの到着を待ち切れず、宣教計画になかったアテネでひとり宣教を始めたのです。 そこには三千にも及ぶ宗教施設があり、おびただしい数の偶像が置かれ、人々が拝んでいたのでしょう。 パウロは、それらに「憤慨した、心に憤りを感じた」とあります。 自分が語る神は、「世界とその中の万物とを造られた神」である。 人間の手で造られたこれらの神殿などに住むような神ではない。 ひとりの人間からすべての民族を創り出し、地上の至るところに住まわせ、彼らの住むべき場所をお決めになるほどに世界を支配しておられるお方である。 「わたしたちはその神の中に生き、動き、存在する」とまで大胆に説教をしたのです。 「わたしの語る神は死者の中から復活させたお方によって、この世を正しく裁かれる。 この十字架と復活によって与えられるこの福音の恵みを受け取らなければならない。」と語り出したものですから、アテネの聴衆はパウロを嘲笑い、パウロの言葉を受け入れる人は幾人しかいなかったとあります。 パウロはこのアテネからコリントに入る時の心境を、「わたしは衰弱し、恐れに取りつかれ、ひどく不安でした」と振り返っています。
ところが、コリントでは、アキラとプリスキラというひと組の夫婦がパウロを待っていたのです。 ローマ皇帝のユダヤ人退去命令により、ローマから逃れて来た人でした。 仕事がアキラの家の仕事(テント造り)と同じであったパウロは、その家に住み込んで働いたと言います。 アテネの時とは異なり、コリントでは同労者が与えられ住居も生活基盤も与えられたのでした。 そこに、シラスとテモテがパウロのもとに到着したのです。 そのお蔭で、パウロは「み言葉を語ることに専念することができるようになった。 ユダヤ人に対してメシアはイエスであると力強く証しした」と言われるまでに回復したのです。 ユダヤ人の抵抗にあって、別の家に移ることになりましたが、それが幸いし会堂長が一家を挙げて主を信じるようになり、多くの人々がパウロの言葉を聞いて信じバプテスマを受けるようになったと言うのです。 コリントの教会は、アキラとプリスキラという同労者が与えられ、シラスとテモテが遣わされて立ち上がったのです。 そこに神の言葉が届き、「恐れるな。 語り告げよ。 黙っているな。 わたしがあなたと共にいる。 だから、あなたを襲って危害を加える者はない。 この町には、わたしの民が大勢いるからだ。」 口語訳聖書では、「あなたには、わたしがついている」と言います。 イエスは「世の終りまで、いつもあなたがたとともにいる。」と言われました。 私たちはこの確かな約束のうちにあります。 だから、「恐れるな。 語り告げよ。 黙っているな。」 「この町には、わたしの民が大勢いるからだ。」と言うのです。 宣教とは、この隠された神の民を見出すことではないでしょうか。 アテネでの宣教がおもわしくなく不安と恐れに留まっていたパウロでした。 そのパウロが同労者によって励まされ、支えられ、伝道者として造り上げられました。 再び力を与えられたパウロの宣教によって、隠された神の民が見出され、多くの信徒となって群れが造り上げられました。 これこそ、「教会の力」ではないでしょうか。 宣教は伝道者ひとりで、また信徒ひとりで進められるものではありません。 主イエス・キリストの働きに加えられて、進められていく神の業です。 その働きで傷ついた一人一人が、この群れの「神の愛にあふれた交わり」によって癒され、励まされていく。 伝道者として、信徒として造り上げられていく。 そのような群れでありたいと心より願います。
「すべての人に宣べ伝えよ」 使徒言行録10章9~16節
新たな出会いは、新たな喜びをつくり出します。 キリスト者の出会いは、特別なものです。 大切な人との関係が引き裂かれる時、私たちは痛みを憶えます。 その痛みの根本には、神との引き裂かれた関係があります。 私たちは互いに、痛みを憶えることになります。 しかし、私たちだけでは、この傷の痛みを癒すことはできません。 神さまは、この罪によって引き裂かれた関係を修復してくださるのです。 「救い」という言葉には、薬の軟膏という語源にあるように、傷に塗って癒すという意味合いがあります。 「救い」は、罪によって生じた人生の傷を癒すものです。 ユダヤ人ペトロと異邦人コルネリウスという二人の人物が、神さまによって引き合わされることによって初めて、異邦人のキリスト者が誕生したことが語られています。 コルネリウスは、「イタリア隊と呼ばれる部隊の百人隊長で、信仰心あつく、一家そろって神を畏れ、民に多くの施しをし、絶えず神に祈っていた」と紹介されています。 当時のれっきとしたユダヤ教の信者ではなかったけれども、神を畏れ、民に愛の行いを為し、絶えず神に祈っていた異邦人でした。 真の神を知らないで、神を求めていたコルネリウスです。 その祈りが神のみ前にすでに届いていたのです。 その祈りに神さまは応えて、救いを求める者に福音を告げてくださるのです。 「ペトロと呼ばれるシモンを招きなさい」と神のみ声がコルネリウスに響いたのです。 ペトロは、イエスにもっとも傍近くにあり愛されていたユダヤ人でした。 時を同じくして、ペトロもまた屋上に上がって祈りをささげていたというのです。 そのペトロに、「清くない物、汚れた物と思われる物を屠って食べなさい」と、神は告げます。 このみ声の意味はいったい何だろうと不思議がっているペトロに、コルネリウスの招きが届いたのです。 そして思い悩むペトロに、コルネリウスのもとに「ためらわないで一緒に出発しなさい」と再び告げられたのです。 コルネリウスに告げられた神のみ声と、自らに語られた神のみ声をペトロは聞いて、神の導きであることをその時悟ったのです。 しかし、異邦人のコルネリウスとユダヤ人のペトロです。 当初の教会は、異邦人には伝道をしていなかった時代でしょう。 互いに大きな決断と勇気が必要であったように思います。 コルネリウスがユダヤ人であるペトロを迎え入れて、福音の言葉を受け入れたのです。 異邦人に福音を伝えることが神のみ心であると告げられ、悟ったから、ペトロは異邦人の家に出かけて行ったのです。 互いの決断と勇気が神の業を進めたのです。 そこには、彼らの絶えない祈りがありました。 彼らの祈りが聞き届けられて、よみがえりの主が先立って働いていてくださいました。 何よりも主イエスキリストの先立つとりなしの祈りがささげられていました。 この主イエス・キリストの先立つ祈りが、ばらばらとなってしまった関係を結びつけてくださったのです。 結びつけてくださるその源には、主イエス・キリストがおられます。 主イエス・キリストの十字架によって、父なる神につないでくださったのです。 ペトロにとっても、コルネリウスにとって、また私たちにとっても不思議としか言いようのない神の業です。 私たちには常識があります。 正しいと思い込んでいることがあります。 しかし、神はそれを覆して、「清くない物、汚れた物」と思われることでも、「神が清めた物を、清くないなどと、あなたは言ってはならない」と言い、準備万端整えて私たちを導いてくださいます。 それが新しいキリスト者の誕生のために用いられたのです。 ひとりの異邦人のキリスト者の誕生に、ユダヤ人であるペトロがその違いを越えて用いられたのでした。 私たちはこの務めのために「キリストのからだ」である教会に招かれ、導かれ、救われ、用いられるのです。
[fblikesend]「主イエスとの交わりにある者」 ヨハネによる福音書11章1~16節
主イエスはしばしばエルサレムの都を訪れる際に、ある家庭を拠点とされていたようです。 エルサレム近郊にあるベタニアという村に住んでいるマルタ、マリア、ラザロの家でした。 この家庭の中の兄弟愛に加えて、「イエスはマルタとマリアとラザロを愛しておられた」と聖書に記されているように、主イエスとの深い交わりのなかにあった仲の良い家族でした。 その家族の一人ラザロが瀕死の病にかかっている。 姉妹たちは、「主よ、あなたの愛しておられる者が病気なのです」と、遠く離れたイエスに訴えます。 しかし、イエスはその知らせを受けても、そこを動きませんでした。 「この病気は死で終わるものではない。 神の栄光のためである。 神の子がその栄光を受けるのである」と言い、神の時を待っておられました。 そして、二日後一変して、「もう一度、ユダヤに行こう。 わたしの友ラザロが、そこで眠っている。 わたしは彼を起こしに行く。 わたしがその場に居合わせなかったのは、あなたがたにとってよかった。 あなたがたが信じるようになるためである。 さあ、彼のところへ行こう。」とまで言い、自らの身の危険を顧みずご自身の業に向けて出かけたのでした。 イエスは、ラザロは死に至らないと言っているのではありません。 死で終わらないと言います。
イエスがベタニアに到着した時には、ラザロは墓に葬られて既に四日が経っていました。 諦めと絶望のマルタは、「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟ラザロは死ななかったでしょうに。」と言います。 それでもイエスは「あなたの兄弟ラザロは復活する。」と言い続けます。 マルタの諦めと絶望は、彼女から離れません。 「そんなことは知っています。 終りの日の復活の時に復活することは教えられて存じています。」 自分が死ねば、天の国に行って再び会える、そんなことは知っていると言います。 イエスが墓の前に立って、「墓を塞いでいる石を取りのけなさい。」と言っているのに、マルタは「主よ、四日たっていますから、もうにおいます。」と応じます。 それでもイエスは、「わたしがその場に居合わせなかったのは、あなたがたにとってよかった。 あなたがたが信じるようになるためである。」と言われたのです。 イエスはマルタやマリアの悲しみを悼むために、マルタとマリアのもとへ弔問のためにやってきたのではありません。 イエスは、神の時を待って、ラザロ本人を目がけて、眠りから起こすためにやってきたのです。 ラザロのうえに働かれる神の恵みの働きを目の当たりにして、マルタとマリア、弟子たちが信じることができるようになるためです。 マルタが悔やんでいるのに、イエスはよかったと言っている。 イエスは、ご自分との交わりをもつラザロの死が消えてなくなるようなものではない。 また遠いかなたにある復活でもない。 今、このベタニアの小さな家庭に起きる復活であると言います。 これこそ、イエスとともに歩み始める新しい命の始まりです。 復活されて今ここにおられるイエスに、マルタとマリアとラザロが、今、出会っているということです。 十字架の死と復活という出来事は、すべての人にこの新しい命の始まりに目を向けさせる神の招きです。 神はイエスを復活させ、イエスがラザロを復活させる。 その神の業を通して、マルタやマリア、弟子たちや私たちが新しい命に生きるようになる。 「あなたがたがそのことを信じるようになるためである。 さあ、彼のもとへ行こう。」とイエスは言われたのです。 イエスは、「このよみがえりの力を、あなたがたが信じるようになるためです。 塞いでいる墓の石をとりのけなさい。 そこから、出て来なさい。」と言われているのです。 私たちに、み言葉を受け入れる信仰と、私たちの覆いとなっている墓の石を取りのける信仰と、それぞれに応えて行く信仰が求められています。
「キリストの苦しみに与かる」 創世記22章1~6節
アブラハムは、神の言葉に信頼して従い続け、「わたしは、あなたとその子孫の神となる」と、神との契約の直接の相手にまでなった人です。 子孫を益々繁栄させるという神の約束にも拘わらず、アブラハムとその妻サラには子どもが与えられませんでした。 晩年に至って与えられた二人の信仰の結晶のような待望の子がイサクでした。 そのような親子に、神の呼びかけが突然訪れます。 「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。 わたしが命じる山の一つに登り、彼を焼き尽くす献げ物としてささげなさい。」 「アブラハムよ」という神の呼びかけに「ここにおります」と応える、神との交わりの中にあったアブラハムでした。 そのアブラハムを、神は「試された」と言います。 人の道徳や教えでは理解することも、説明することもできないご命令です。 しかし、アブラハムは不思議と冷静です。 「連れて行きなさい。 山に登りなさい。 ささげなさい。」という神の命令に黙って従います。 願ってやっと与えられた愛する子を失うという神の命令です。 神の祝福だと疑いもしなかった、その神の約束さえも失ってしまうかもしれない神の命令です。 しかし、アブラハムは何らの躊躇もなく、「次の朝早く」行動を起こします。 「焼き尽くすいけにえ」を殺すための準備をします。 何も知らされていない息子イサクは、まるで殺される前の羊同然です。 その命を取ろうとしているのは、その息子の父アブラハムです。 準備が整った親子は、み言葉通りに黙って三日間一緒に、神の命じられた所に向って行ったのです。 そして、命じられた場所が見えてきた時に、「わたしと息子はあそこへ行って、礼拝をして、また戻ってくる。」と言います。 アブラハムは、「なぜですか」と神に尋ねません。 神もまた、アブラハムに理由を告げません。 アブラハムはイサクを失うとは考えていない。 これを神の試練とも思っていない。 この沈黙の三日間のうちに、最高の賜物として与えられたイサクをすでに神にささげ切ったのではないでしょうか。 ですから、「わたしと息子はあそこへ行って、礼拝をして、また戻ってくる」と言うことができた。 聖書は「アブラハムは、神が人を死者の中から生き返らせることもおできになると信じたのです。 それで彼は、イサクを返してもらいました」(ヘブライ11:19)と言います。 「アブラハムは、焼き尽くす献げ物に用いる薪を取って、息子イサクに背負わせ、自分は火と刃物を手に持って、二人は一緒に歩いて行った」とあります。 神に選ばれた親子だけでしか行くことのできないその場所に、み言葉通りに静かに一緒に歩いて行ったのです。 最高の賜物である息子をささげる父親の姿を憶えます。 父親に委ね切って連れて行かれた息子の姿を憶えます。 十字架のもとへ愛するみ子を遣わした父なる神の愛と真実が重なります。 父なる神のみ心だけを果たすために、屠り場に引かれる小羊のように黙って従った主イエスの祈りが重なります。 私たちの罪を贖うために、ローマの処刑に愛する独り子を渡された主なる神の痛みを憶えます。 自ら進んで十字架に架け上がってくださった主イエスの痛みも憶えます。 父なる神とそのみ子イエス・キリストは、私たちが味わうことのできない杯を、最後の一滴までご一緒に飲み干してくださいました。 アブラハムは、この自分にできる精一杯の痛みを背負ってみ言葉通りに、イサクを連れて出かけて行きました。 神は備えて、選んで、主イエス・キリストの痛みに与かるようにと試しておられます。 私たちが委ねて、受け入れて従って行き着く所に、神の驚くべき備えがあります。 そこでしか、神が備えてくださっているものを見つけることができません。 イエス・キリストの生涯の一端を、この地上の世界で味わうことができることは選ばれた者の賜物です。
[fblikesend]「知らない食べ物」 ヨハネによる福音書4章31~38節
サマリアの女性とイエスとの出会いがなぜ、私たちの心を打つのでしょうか。 イエスと弟子たちにとって、通らなくてもよかったサマリアの地のはずです。 多くのユダヤ人は遠回りをしてでも、サマリアの地を避けて通った時代でした。 イエスは明らかに何らかの意図をもってサマリアの地に向い、この井戸端でひとりの人を待っていたのです。 サマリアはガリラヤに向かう通過するだけの地、そのように弟子たちもまた思っていた。 のどの渇きを潤すために、イエスは井戸の水を求めてその井戸端に休んだと思っていたに違いありません。 しかし、そうではなかった。 この女性は、ユダヤ人から差別を受けていたサマリア人でした。 その地で、サマリアの人々からも疎まれ、誰とも交わることのなかったひとりの罪人でした。 そのたったひとりの女性に出会うため、イエスはその井戸を目がけて前もって行き、そこで待っていたのです。 「井戸の水を飲ませてください」と語りかけ、「渇くことのないまことの活ける水を与える」と迫るためでした。 「あなたの夫をここに連れて来なさい」と、彼女が隠し続けてきた問題の核心を、目の前に差し出しなさいと迫るためでした。 主イエスは私たちの歩みに先んじて、待っておられます。 私たちが生活しているところにまで立ち入ってくださって、ご自身の方から語りかけてくださいます。 頑なに心を開こうとしない私たちに、全力を傾けてくださいます。 私たちは、その主の姿に、霊の目を開かされて心が動かされるのではないでしょうか。 今日の箇所は、このイエスとサマリアの女性との出会いの合間に挟まれて記されている、弟子たちとイエスとの対話です。 町に行って用意してきた食事をすすめた弟子たちに、イエスは「わたしにはあなたがたの知らない食べ物がある」と言います。 サマリアの女性が井戸の水のほかに「活ける水」があることが分からなかったように、弟子たちもまたパンのほかに「もうひとつの食べ物」があることが分かりませんでした。 女性に「活ける水」を与え終わったイエスは、今度は、町から戻ってきた弟子たちに「もうひとつの食べ物」を与えようとされます。 「わたしの食べ物とは、わたしをお遣わしになった方の御心を行い、その業を成し遂げることである。」 神の口から出る一つ一つの言葉によって知らされる神の御心を行うことが、「あなたがたの知らないわたしの食べ物である」とイエスは言うのです。 「まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。 今がその時である。 なぜなら、父はそのように礼拝する者を求めておられるからだ。」 この父のみ心を行うこと、ご自身に一人一人を結びつけていくこと、これが地上の生涯でのイエスの生きる力、霊なる食べ物であったのです。 サマリアの女性も、弟子たちもまた、この信仰の世界に一人一人を結びつけるため、主イエスは忍耐強く呼びかけてくださるのです。 そして、すでにご自身とつながり、父なる神との交わりの中にある一人一人の姿を、「もうすでに、刈り入れる人は神の報酬を受けて、永遠の命に至る実を集めている。 こうして、種を蒔く人も刈る人も、共に喜んでいる。」 神の言葉を成し遂げてくださったイエス・キリストの苦難によって与えられた種を私たちは蒔き、刈り入れ、神の業に用いられていることにより、「蒔く喜び」も「刈り入れる喜び」も与えられているのです。 サマリアの地で一人の女性の身に起きた出来事は、一人の収穫の時が突然起きた神の業でした。 しかし、一人の女性の証言によって、そのサマリアの地に宣教の働きが拡がって行ったのです。 弟子たちが、このイエスの種蒔きによって後にこの地で多くの刈り入れをしたのです。 すべては、この主イエスの先立つ歩みでした。 霊の目を開かせてもらわなければ見ることのできない収穫の業でした。
[fblikesend]「喜びの姿」 使徒言行録5章33~42節
最初のころの教会の群れは、人の数もわずかで、何の力も持ち合わせていない使徒たちの集まりでした。 ところが、イエスの復活の事実を知り神の霊を受けて、堂々とこのイエスの復活の事実を語れば語るほど、「イエスは主である」と信じる人たちが急激に増えていきました。 その使徒たちの目を見張るばかりの働きに、ユダヤ教の指導者たちはねたみに燃えていた。 激しい怒りを覚えた。 その「ねたみ」と「激しい怒り」によって使徒たちを公の牢に入れて、殺そうと準備を始めたのです。 彼らを牢に入れて、厳重に鍵をかけて、番兵まで立たせて見張っていたのです。 ところがここでも、使徒たちは神の使いによって不思議にも牢から外に連れ出されます。 それだけでなく、「行って神殿の境内に立ち、この命の言葉を残らず民衆に告げなさい」と使命まで伝えられます。 神に告げられた通りに神殿の境内で立った使徒たちは、再び捕らえられます。 そして、大祭司の尋問を最高法院の議場で受けたのです。 これが今日の聖書箇所です。 「イエスの名によって教えてはならないと、厳しく命じておいたではないか。 それなのに、お前たちはエルサレム中に自分の教えを広め、イエスの血を流した責任を我々に負わせようとしている。」 この大祭司の尋問に、使徒たちは応じます。 「人間に従うよりも、神に従わなければなりません。」 これを聞いた最高法院の議員たちは激しく怒り、使徒たちを殺そうとします。 ところがここでも、使徒たちは不思議にも助け出されるのです。 ガマリエルという人物の「あの者たちの取り扱いは慎重にしなさい」という発言で事態は急変します。 ガマリエルは、当時の律法学者の中でもっとも権威のあった学派の筆頭にあった人物、律法の教師の中の教師でした。 「ファリサイ派に属する、民衆全体から尊敬されている律法の教師」と聖書に紹介されています。 そのガマリエルが、「かつて、テウダという人物の事件があった。 ガリラヤのユダという人物の事件もあった。 自分を預言者のように語り、民衆をローマの支配から解放しようという事件があったではないか。 しかし、その人物が殺されていなくなれば、皆、散り散りになり跡形もなくなったではないか。 だから、あの者たちから手を引きなさい。 ほうっておくがよい。 あの計画や行動が人間から出たものなら、自滅するだろう。 しかし、神から出たものであれば、彼らを滅ぼすことはできない。 もしかしたら、諸君は神に逆らう者となるかもしれない。」 使徒たちを「ねたみ」と「激しい怒り」によって殺そうとしているその相手の側の中心人物の口から出た、驚くべき言葉です。 ねたみや怒りのような感情から出たものは自滅するが、神のもとから出たものは倒れることはないと議員たちを諌めたのです。 ガマリエルの言葉によって、窮地に追い込まれた使徒たちは救い出されたのでした。 神は先を見通してくださるお方です。 イエスという指導者がこの世の権威に屈して殺されても、そのイエスを復活させて、自らのみ心を貫き通されるお方です。 ローマの強大な権威、それに結託した宗教の権威をもってしても阻止することのできなかった最初のころの教会の発展の事実がここにあります。 神はどのようなことをしてでも、私たちを救い出してくださいます。 救い出すには理由があります。 救い出された人でしかできない務めをお与えになります。 迫害する者の側からガマリエルを用いて、使徒たちを釈放されました。 その使徒たちは、「イエスの名のために辱めを受けるほどの者にされたことを喜び、最高法院から出て行き、毎日、神殿の境内や家々で絶えず教え、メシア・イエスについて福音を告げ知らせていた」と記されています。 使徒たちは自分たちが救われた目的を知って喜んだのです。 自分たちにふさわしい務めを与えられた喜びに立って生きたのです。
[fblikesend]「神の民の喜び」 ネヘミヤ記 8章1~12節
ネヘミヤはペルシャ帝国の「献酌官」でした。 ペルシャ帝国の王と直接話ができるほど、王の信頼の厚い、重要な立場にあった有能な家臣でした。 このネヘミヤは、エルサレムからバビロニアに移送された悲しい過去をもつユダヤ人指導者の子孫、つまりユダヤ人でした。 バビロニア帝国からペルシャ帝国へと世界の覇権が移りゆくなかで、したたかに乗り切って、現在の地位にあったのでしょう。 しかし心の中には、自分の祖国が失われた悲しみを忘れることのなかった人物でした。 エルサレムの城壁が壊されただけではない、荒れるに任されている社会の悲惨な状態も目を覆うばかりであったのでしょう。 聖書に、ネヘミヤは「これを聞いて、わたしは座り込んで泣き、食を絶ち、天にいます神に祈りをささげた」とあります。 その地位を捨ててでも、エルサレムに戻り城壁を再建し、故郷を復興したいと強く願っていたのでした。 そのための断食の祈りを献げていたのです。 ネヘミヤは政治的な実務の人でしたが、その祈りは壮絶です。 座り込んで泣いたネヘミヤの断食の祈りは、ただ単に見捨てられた故郷を思い嘆き、主なる神にその願いを訴えたのではありません。 同胞のイスラエルの民の神への背きを悔いて、泣いています。 「わたしも、わたしの父の家も罪を犯しました。 あなたに反抗し、あなたの僕モーセにお与えになった戒めと掟と法を守りませんでした」と、赤裸々に自分たちの今までの罪を差し出して告白しています。 しかし、ネヘミヤはその悔い改めに立って、「もしもわたしに立ち帰るならば、天の果てにまで追いやられている者があろうとも、わたしは彼らを集め、わたしの名を住まわせるために選んだ場所に連れて来る」という、神ご自身の約束を迫り求めます。 イスラエルの民が、そしてこの私が主に立ち帰るなら、主は必ず散らされた民を連れ戻して再び集めてくださる。 耐えられない状況から助け出してくださる。 私たちはあなたの民であり、あなたの僕ですから、その一切の責任を主が取ってくださる。 この祈りに、ネヘミヤは立ち上がったのでした。 そして、ペルシャの王の支援を取りつけて、ネヘミヤはユダヤの総督としてエルサレムの復興を成し遂げることができたのです。
その喜びに浸っているイスラエルの民の姿が、今日の聖書箇所です。 神殿の水の門の前の広場に、人々が「一人の人のように」集まっていた。 喜んで主を賛美するために、人々は祭司に神の言葉を読み上げることを求め、早朝から真昼まで立ち上がったままで聞いていた。 人々は皆、両手を挙げて「アーメン、アーメン」と唱和し、ひざまずき、顔を地に伏せて主を礼拝したと言います。 レビ人が人々に分かりやすく翻訳し、律法の意味を語り、自分たちの国が失われたその意味を知らせたのでしょう。 人々はその時、「皆、律法の言葉を聞いて泣いていた」と記されています。 最後に、総督としてネヘミヤは言います。 「今日は、我らの主にささげられた聖なる日だ。 悲しんではならない。 行って良い肉を食べ、甘い飲み物を飲みなさい。 その備えのない者には、それを分け与えてやりなさい。 主を喜び祝うことこそ、あなたたちの力の源である。」と語ったのです。 人々はわずかな日数で、エルサレムの城壁が回復されたことを喜んでいるのではありません。 神に背いた私たちを赦してくださった神を喜んでいます。 自分たちの罪が赦されて、再び呼び戻された。 「ひとりの人のように」集められて、ともに律法の言葉を聞くことができるようになった。 神を再び礼拝することが赦されるようになった。 もはや悲しんではならない。 泣いてはならない。 今日は神の恵みを受け取る、喜びの日であると告白したのです。 エルサレムの復興を、人々は喜んだのではありません。 その業を成し遂げてくださった主なる神の赦しを喜びました。 この喜びこそが、私たちの力の源なのです。
「キリストの赦しによる平和」 ルカによる福音書 13章6~9節
「実のならないいちじくの木」のたとえが語られています。 ルカは、このたとえの直前に、なぜか、ガリラヤ人たちが受けた事件と、18人の命が失われた災害について語っています。 ローマの支配に反旗を翻したガリラヤ人たちが鎮圧され、殺されたという事件です。 シロアムの池から水を引くという工事に際して、シロアムの塔が倒れてしまって、18人の人たちが死んでしまったという災害です。 こんな事件が彼らに起きたのは、他の人たちよりも罪が深かったからですか。 こんな災害が彼らに引き起こされたのは、他の人たちよりも罪が深かったからですか。 そうイエスに問う人たちがいたのでしょう。 弟子たちでさえ、「こんな目に遭っているのは、この人が犯した罪のためですか。 あるいは親の罪のためですか。」と言ってしまっています。 これが当時の常識でした。 イエスは弟子たちに、「神の業がその人のうえに起こるためである」と言われました。 この箇所でも、「決してそうではない。 言っておくが、あなたがたも悔い改めなければ、皆滅びる。」と言います。 イエスの宣教は一貫して、「時は満ち、神の国は近づいた。 悔い改めて福音を信じなさい。」という短いみ言葉でした。 すでに神の恵みは訪れている。 だから、悔い改めてこのよき訪れを信じて、受け取りなさいと言うのです。 悔い改めるとは、後悔することでも、反省することでもありません。 神のもとから離れてしまったかつての私たちの姿から、向きを変えて神のもとに立ち帰ることです。 イエスは、あなたがたが言っている事件の犠牲となったガリラヤ人たちの問題ではない。 災害によって命を奪われた18人の問題でもない。 今、向きを変えることのできるその時を与えられているあなたがた自身の問題である。 向きを変えて神のもとに立ち帰ることが、今、時が満ち、赦されている神の恵みの時、救いの時である。 このことに気づかないで神のもとを離れたままでは、その魂は永遠に滅んでしまう。 あなたがたも悔い改めなければ、皆同じようになる。」と、その恐ろしさをイエスはここで語っています。
そう語ったうえで、イエスは「実のならないいちじくの木」のたとえを語ります。 「いちじく」とは、イスラエルの象徴です。 「ぶどう園」とは、神が悔い改めの実を結ぶために準備された豊かな土壌です。 そのような場所に、特別の使命を与えられて一本のいちじくの木が植えられたのです。 選ばれたイスラエルの木が植えられたのです。 ところが、イエスの宣教が始まり3年もの間、いっこうに実を結ぼうとしない。 依然として向きを変えようとしない。 切り倒されても仕方のない「いちじくの木」でした。 そのような「いちじくの木」でも、ひとりの園丁が、実がなるようにとなおも願い求めています。 「ご主人様、今年もこのままにしておいてください。 木の周りを掘って、肥やしをやってみます。 そうすれば、来年は実がなるかもしれません。」 この園丁こそ、父なる神にとりなしてくださっているイエス・キリストです。 その究極の姿が、十字架の死です。 私たちには、赦しのしばしの機会が与えられています。 本来、神の栄光を現わすために造られたはずの私たちにとって、もとの姿に立ち帰るために準備された、悔い改めることが赦されている時です。 私たちは、砕かれて主のみ前に進み出るだけで与えられる、赦しの実であるはずです。 私たちの中に潜む敵意、憎しみ、恨み、妬み、これらのものをキリストの十字架の前に差し出して、砕かれて、赦していただかなければなりません。この赦しをいただいた者こそが赦すことができるのです。 このキリストの赦しを刻まれた者が、「キリストの平和」を創り出す者としてこの世に送り出されるのです。
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