「主なる神が養う群れ」 列王記上17章8~16節
預言者エリヤに神のみ言葉が臨みました。 「わたしの仕えているイスラエルの神、主は生きておられる。 わたしが告げるまで、数年の間、露も降りず、雨も降らないであろう。」 エリヤにそう告げさせた神は同時に、エリヤに「身を隠せ。 移り住め。」と次々に指示を出します。 「ヨルダン川の東にある川のほとりに身を隠せ。 その川を飲むがよい。 わたしは烏に命じて、そこであなたを養わせる。」 そして、その川の水もまた涸れてしまったなら、今度は「その場を立ち去って、シドンに行き、そこに住め。 わたしは一人のやもめに命じて、そこであなたを養わせる。」と言うのです。 エリヤは、神が言われた通りに従いました。 エリヤもまた、この干ばつや飢饉と決して例外ではありませんでした。 移り住んで来た町で、ひとりのやもめの「二本の薪を拾っていた姿」にエリヤは神の導きに気づくのです。 わずかな水、わずかな薪、一切れのパンでも貴重であったほどに、困窮を極めた干ばつや飢饉の状況でした。 やもめと言えば、当時の男社会の中では貧しい存在の象徴のようなものでした。 とても私を支え養う力はない。 そうであるのに、神はこのひとりの女性に私を巡り合わせ、養わせようとする。 このやもめもまた、神によって養われる存在であるとエリヤは直感したのです。 ですから、エリヤは丁寧にこの女性に話しかけています。 「器に少々水をもって来て、わたしに飲ませてください。 パンも一切れ、手に持って来てください。」 しかし、現実はエリヤの思った以上に厳しいものでした。 やもめは「わたしには焼いたパンなどありません。 ただ壺の中に一握りの小麦粉と、瓶の中にわずかな油があるだけです。 わたしは二本の薪を拾って帰り、わたしとわたしの息子の食べ物を作るところです。 わたしたちは、それを食べてしまえば、あとは死ぬのを待つばかりです。」と告白したのでした。
エリヤは確信しています。 このやもめとその息子と分かち合うべきものが尽きる瞬間に、私が遣わされた。 生活の糧の極限状況であったそこに、神のみ言葉だけを携えるこの私が遣わされた。 人の力ではどうすることもできないところに陥っているこの私たちが、神の働きに今用いられようとしている。 エリヤはそう確信して続けて言います。 「恐れてはならない。 神は『地の面に雨を降らせる日まで、壺の粉は尽きることなく 瓶の油はなくならない』と言っている。 神はみ言葉通りに必ずなさる。」と、エリヤは注意深く神によって選び出された一人の女性に語ったのです。 エリヤは、神のみ言葉だけしか持っていなかったのです。 やもめは、最後の小麦粉と油しかもっていなかったのです。 神はそうしたところに働かれるのです。 そこでしか味わうことのできない神の恵みを二人は味わったのです。 「壺の粉は尽きることなく 瓶の油は無くならない」と神が言われた通りになった後に、このやもめはエリヤに「あなたの口にある神の言葉は真実です。」と告白しています。 考えてみてください。 エリヤに神が「移り住みなさい」と言われた場所はシドンでした。 偶像礼拝の町でした。 エリヤがなぜですかと問うてもおかしくない場所です。 しかし、その偶像の町、神なきところに住んで呻いているひと組の親子がいる。 異教の地の渇いた魂のために移り住んで、最後の一握りの食べ物を分かち合いなさいと神は言われたのです。 神の恵みは、私たちの想像をはるかに越えたものです。 エリヤが霊の糧によって養われるためでした。 同時に、このやもめの親子がエリヤによって神の恵みを受け取るためでした。 その奇跡とも思える恵みが、「地の面に雨を降らせる日まで」続いたというのです。 必要なものが、必要な時に与えられ続けたのです。 神は驚くべき場所を準備して、驚くべき人の組み合わせを用いて、ご自身の群れをつくり上げていかれるのです。 エリヤは、恵みによって自分が養われるだけでなく、神によって合わせられる人とともに、神の恵みを分かち合う人に変えられていったのです。
「一緒にいるすべての者」 使徒言行録27章21~26節
パウロはエルサレムでの騒乱により罪を問われ、ローマ皇帝に直訴するために地中海の船旅によりローマに運ばれることになっていました。 パウロは自身の弁明のためではなく、ローマに行って福音を宣べ伝えるという使命に燃えていたのです。 パウロが乗っていた船には、276人が乗っていたと言います。 エジプトのアレクサンドリアの船であったと言いますから、ナイル川のデルタ地域の穀倉地帯から穀物を大量に運搬する船であったのでしょう。 その大きな船が「風に逆らって進むことができなかった。 流されるにまかせた。 積荷を海に捨て、船具さえも投げ捨てた。 太陽も星も見えず、暴風が激しく吹きすさぶので、ついに助かる望みは全く消え失せようとしていた。」と言います。 船具を捨てるほどの、太陽や星を頼りにしていた当時の航海では漂流せざるをえないような嵐の中で、パウロは叫んでいます。 「元気を出しなさい。 十四日間もの間、皆さんは不安のうちに全く何も食べずに、過ごしてきました。 だから、どうぞ何かを食べてください。」と人々を励ましています。 パウロは、ローマ皇帝の直属の兵士たちに捕らえられて護送されているだけの囚人です。 船の片隅にいた、何の力もない、自由を奪われた哀れな人に過ぎません。 パウロの言う「わたしの見るところでは、この航海は積荷や船体ばかりでなく、わたしたち自身にも危険と損失をもたらすことになります。」という忠告にだれひとり耳を貸さなかったのです。 そのパウロが、「わたしたちは、必ずどこかの島に打ち上げられるはずです。」と276人もの人々を励まし、ひとり恐れから解放されていたのはなぜでしょうか。
パウロには「神の声」が聞えていたからです。 ローマに行って福音を語るというはっきりとした「祈り」が与えられていたからです。 自分の思いとはまったく逆の方向に進んでしまった船によって、災いと苦難の中に置かれてしまったと思わされる時にも、「恐れるな。 あなたは皇帝の前に出頭しなければならない。 神は、一緒に航海しているすべての者を、あなたに任せてくださったのだ。」という「神の声」を聴くことができた。 今、目の前で起きている試練や失望は、一時のことである。 終わりのあることである。 それが神のご計画であるなら、神のみ心であるなら、必ず神の働きがある。 このパウロの確信が、「船は失うが、皆さんのうちだれ一人として命を失う者はないのです。 それが、わたしが仕え、礼拝している神の言葉なのです。 わたしは神を信じています。 わたしに告げられたことは、その通りになります。必ずどこかの島に打ちあげられるはずです。」という言葉になったのです。 「祈り」と「使命」を与えられた人には、神の声が聞えてくるのです。 信仰をもって、希望をいただいて、神に依り頼む人には、神の声が臨むのです。 人の目には見えないその先が見えてくるのです。 希望を失ってしまっている人たちに、身の上や立場を越えて、神の声を大胆に語ることができるようになるのです。 力を失っている人たちに神の声を伝え、とりなしを求めることができるようになるのです。
囚人パウロが、嵐の中で276人の人々の導き手となりました。 神を信じているから嵐や暴風を免れるわけではありません。 信仰者もまた、同じように嵐や暴風に出会います。 翻弄されます。 望みが断たれるようなことがあります。 しかし、信仰者は、神の時を待つことができます。 上陸に備えて、穀物の積荷を捨てることができます。 船を失っても動じません。 そのパウロに「一緒に航海しているすべての276人」が託されたのです。 この276人とはどのような人々であったでしょうか。 パウロの忠告に耳を貸さなかった乗客です。 途中で難破船から逃げ出そうとした船員たちです。 囚人が逃げ出すと自分たちの責任になることを恐れて、囚人たちを殺そうとした兵士たちです。 この混在した人たちすべてがパウロに託されたのです。 私たちにとって「276人」とはいったいだれでしょうか。 「嵐」とはいったい何でしょうか。 み言葉を与え、祈りを与え、導いてくださる、ともに歩んでくださるこのお方を「嵐の中」でも、「順風満帆な中」でも仰いで参りたい。 276人の救いが私たちに託されているのです。
「座っていたマタイ」 マタイによる福音書9章9~13節
イエスは、ガリラヤの各地を回って精力的に宣教活動をされておられました。 次第に、その評判が高まっていました。 群衆が、イエスのもとに押し寄せてきたと記されています。 主イエスは、食事も、休息も、寝る間もなかったのではないでしょうか。 そのような中、慌ただしく次の町へと向かわれている時です。 イエスは通りすがりのひとりの人物に、目を留めておられるのです。 「収税所に座っているマタイ」という人物です。 繁栄を得ていたカファルナウムの町には、今でいう「通関税」という税金を取り立てる場所があったのでしょう。 イエスを追い求めて近づいてきたわけでもないし、その「収税所」に座って仕事をしているだけの人であったマタイに、イエスはなぜ目を留められたのでしょうか。
マタイはいつもと同じように仕事を繰り返していたのでしょう。 大変な評判になっていたイエスが通りがかるというのに、見向きもせず、仕事についてじっとしたのです。 イエスがそのそばを通り抜けようとしているのに、動こうともしなかったのです。 見に行こうともせず、目をイエスの方に向けようともしないで、ただ座っていたのでした。 そのマタイに、イエスは「わたしに従いなさい」と呼びかけられたのです。 「わたしについてきなさい。 わたしとともに歩みなさい。 生活をかけて、わたしに従いなさい。」 このイエスの呼びかけに従うためには、マタイはその「収税所」の場から立ち上がらなければイエスに従うことはできないのです。 古い生活から新しい生活に入るためには、その場から立ち上がらなければ新しい事は起きないのです。 イエスに声をかけられたマタイは、「立ち上がってイエスに従った」とあります。 それだけではありませんでした。 マタイは、そのイエスを自分の家に招いて一緒に食事をしている。 その食事の席に自分だけではなく、多くの「徴税人や罪人」を招いてイエスと共にある食卓を開いているのです。 当時では、食事を共にするということは、仲間であることを示す振る舞いです。 交わりです。 生活と人生を、この仲間と共にすると宣言しているようなものでした。 「徴税人や罪人」とは、社会から差別され、嘲けられ、疎んじられている人たちのことです。 そうした人々の食卓を、マタイが準備して、設けて、そこにイエスが同席しているということです。 当時のユダヤ社会では許されない振る舞いです。 律法破りの大胆な犯罪です。 案の定、ファリサイ派の人々がこのことをイエスと弟子たちに詰問します。 「なぜ、あなたたちは徴税人や罪人と一緒に食事をするのか。」 その時のイエスの答えが、「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく、病人である。 わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」というみ言葉であったのです。
イエスは、丈夫な人になってもらうために、丈夫な人にするために招いているのではありません。 正しい人になってもらうために、正しい人にするために招いているのでもありません。 排除され、差別され、交わりから漏れている人たちを、その弱さや罪深さをすべてご存知のうえで、赦して、憐れんで、病人のまま、罪人のままで招いてくださっているのです。 あるのは、ただ神の憐れみです。 条件など何もつけられることのない、神の恵みだけです。 私たちはそれを感謝して、喜んで受け取るだけです。 イエスを見向きもせず、ただ座っていた徴税人マタイが、イエスの呼びかけに立ち上がって、そのイエスを招いて主の食卓を一緒に囲んだのです。 この恵みを、それぞれのわずかな生涯の旅路の中で、「行って、体験して、学んで」いるのではないでしょうか。 このイエスの呼びかけを私たちは聴き損なってはなりません。 イエスは、「貧しい人々は幸いである。 神の国はあなたがたのものである。 わたしにつまずかない人は幸いである。」と言われています。 私たちは、このイエスの先立つまなざし、憐れみ、無条件の恵みを知ることです。
「疑うことと信じること」 創世記17章15~21節
「子孫が豊かに与えられる」と、アブラハムが神の約束を受けてからすでに25年が経っています。 再び神が、「わたしは妻サラを祝福し、彼女によってあなたに男の子を与えよう。 わたしは彼女を祝福し、諸国民の母とする。 諸国民の王となる者たちが彼女から出る。」と言われても、アブラハムは素直に神の言葉を聞くことができなかったのです。 ですから、妻サラの「主はわたしに子供を授けてくださいません。 どうぞ、わたしの女奴隷のところに入ってください。 わたしは彼女によって、子供を与えられるかもしれません。」という提案に、アブラハムは妥協し乗っかってしまったのです。 神の約束を待ち切れず、耐えかねて、浅はかな知恵によって動いてしまう人の姿です。 「またですか。 いつまで同じことを言われるのですか。 何年経っているのですか。 待って、待って、もう待ちくたびれました。 事態は何一つ変わっていないではないですか。」と、アブラハムがつぶやいてもおかしくない時です。 アブラハムは、「百歳の男に子供が生まれるだろうか。 九十歳の妻サラに子供が産めるだろうか。」と、心の中でつぶやいています。 ひそかに笑っています。 ですから妻サラの説得に応じて、女召使ハガルによってイシュマエルという子どもを得たのです。 アブラハムもサラも心の中で満足はしていなかったけれども、これが神の約束である、祝福であると納得していたのです。 「もうイシュマエルで十分です。 主よどうか、イシュマエルが生き永らえるように」と願ったのです。 このアブラハムの祈りに、主は「いや違う。 あなたの妻サラがあなたとの間に男の子を産む。」とアブラハムを呼び戻したのです。
神の約束を信じ続けることの難しさが、このアブラハムの姿に映し出されています。 神が与えようとしておられる大きな恵みをアブラハムは信じることができず、自分で納得できる、信じることのできる目に見える小さな恵みに変えてしまう。 本当に、信仰は疑うことと裏腹であるように感じます。 疑うことがあるからこそ、信じることが起こされるのではないでしょうか。 神の存在など気づこうともしないところでは神を疑うことなどありません。 信じることもあり得ません。 アブラハムは神のみ言葉を信じて歩み出したからこそ、疑うようになったのです。 私たちは信じることと疑うことのはざまを行ったり来たりしています。 そんな私たちをすべて主がご存じで、「いや違う」と揺れ動く私たちをもう一度信じなさいと呼び戻してくださっているのではないでしょうか。 私たちが何かを見つけたから、何かが分かったから、何かをしたから信じることができるようになったのではないでしょう。 主が何度も声をかけてくださって呼び戻してくださったから、再び信じる者へと変えられたのではないでしょうか。 そこには神の時、神のやり方、神の意図があるのです。 ここで忘れてはならないことは、誤ったアブラハムの願い、「イシュマエルが生き永らえますように」という願いもまた聞き入れられたという事実です。 イシュマエルは、アブラハムとサラの不信仰の結果のような存在であると言えます。 神が祝福の約束をしているサラの子イサクの邪魔となる存在であるとも言えます。 しかし主は、過ちを犯したアブラハムとサラも、その過ちの結果とも言えるイシュマエルもその母ハガルも祝福するのです。 神の手のひらにすべて刻みつけると言うのです。 この世に生まれ出てくるものには、命が与えられている限りすべて神の意思に基づいている。 神の恵みの内にある。 何一つ捨て去るものはないのです。 私たちの目には祝福されていないように見えていても、何にも用いられていないまま放置されているかのように見えても、邪魔になっているかのように思えても、すべて神の手のひらに刻まれたものなのです。 アブラハムとサラの不始末が贖われて呼び戻されたように、祝福されるのです。 このアブラハムの神、イサクの神の系図の果てに、イエス・キリストの誕生があるのです。
「泣いたペトロが語る神の真実」 マルコによる福音書14章66~72節
ユダヤの大祭司やローマ総督の前であろうが、嘲る人々や兵士たちの前であろうが、周囲が敵だらけのところで、命がけで真実を貫いたイエスでした。 まさに主イエスの戦いの真っ最中の時です。 イエスが大祭司の尋問を受けているそのような時に、ペトロはその大祭司の館の中庭にいたというのです。 主イエスが剣や棒で囚われた時に、弟子たちはイエスを見捨てて、皆、逃げてしまったはずです。 そんなところに、ペトロだけが、のこのこと入り込んでいたのです。 居合わせた人々と火にあたって、たわいもない会話をしていたのでしょう。 かつて、「たとえ、ご一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことは知らないなどとは決して申しません」と、勇敢に語っていたペトロの姿ではありませんでした。 イエスの弟子であることを隠して、大祭司の中庭に居る人々に溶け込んで装っていたペトロでした。 そのペトロに向けて、不意の言葉がかけられました。 「あなたも、あのナザレのイエスと一緒にいた」という、大祭司に仕える女中の言葉でした。 最初は、「あなたが何のことを言っているのか、わたしには分からない。見当もつかない。」と受け流した。 とぼけてその場を繕って、何気なく中庭の出口の方に逃げて行く。 女中はそれを許さない。 「この人は、あの人たちの仲間です。」と、今度は周囲の人たちに叫ぶ。 いよいよ追い詰められたペトロが言い訳をすればするほど、墓穴を掘ります。 慌てたペトロの言葉に、ガリラヤの匂いがしたのでしょう。 「確かに、お前はあの連中の仲間だ。 ガリラヤの者だから。」 ついにペトロは逃げ場を失って、「あなたがたの言っているそんな人は知らない。」と誓い始めたのです。
私たちを試みる力は、私たちが油断している時に何気なく近寄ってきます。 巧みに私たちを落とし込んでいきます。 気がついたら、深みにはまって身動きができないまでになってしまう。 ですから、小さな綻びを軽んじてはなりません。 ペトロは何を間違ったのでしょうか。 ペトロはイエスの「鶏が二度泣く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」という言葉を思い出して、いきなり泣いたとあります。 真実を貫くことができなかった自分の弱さ、その場かぎりに虚ろってしまう自分の愚かさに泣いたのでしょうか。 そうではありません。 ペトロほど、イエスに直接教えられた弟子はいないはずです。 まざまざとイエスの業を目の当たりにした弟子はいないはずです。 自らもイエスの名によって力ある業をなすことができた人物です。 そのペトロが、切羽詰まってイエスと関わりがないように生きようとしてしまった。 装って、繕って、嘘をついて、綻び始めると逃げ出そうとした、その自分の本当の姿を見つめさせられたのです。 試みに出会った人間の真の姿です。 イエスの言われた通りになってしまった。 自分が決意表明したものは一瞬のうちに崩れ落ちてしまった。破れ果てて、途方に暮れて、立ちすくんでしまって、思わずとんでもない言葉を吐いてしまった。 心の奥底にあった自分の罪がえぐり出されてしまった。 その自分の姿を、今、十字架にかけられようとしているイエスが変わらずじっと見つめておられた。 浅はかで愚かなこの自分を、すでに主イエスはすべてご存じであった。 そのまなざしに、変わらない憐れみを見ることができたのです。 「わたしを知らないと言うであろう」という言葉を思い出し、その中に憐れみを見出すことができたのです。 今、主イエスがかかってくださっているこの十字架は、私のためであった。 裏切ったこの私が一緒になって、この十字架の裁きに加担したものであったと気づかされたのです。 この自分が犯してしまった取り返しのつかない、恥ずかしい出来事を、後に、ペトロ自らが語り出したのです。
すべての弟子が、イエスのもとに戻ってきたわけではありません。 ペトロは自分の愚かさや弱さを乗り越えて、十字架に自らつかれたイエスの愛と真実に飛び込んで帰ってきたのです。 その立ち帰ったペトロを、イエスが再び立ち上がらせてくださったのです。 これが「よみがえりの力」です。
「弱さの中にある恵みの力」 コリントの信徒への手紙二12章9~10節
パウロは、「わたしの身に一つのとげが与えられました」と言います。 この「とげ」とは何であったのでしょうか。 聖書は何も語っていません。 体質的な持病であったかもしれない。 度重なる投獄や鞭打ちによって傷つけられた苦痛であったかもしれない。 激しく攻撃してくる人たちの妨害そのものを指しているのかもしれない。 パウロは、その「とげ」を「サタンから送られた使い」とまで言います。 「この使いについて、離れ去らせてくださるように、わたしは三度主に願いました。」と言います。 その繰り返された祈りの中で迫った主イエスの言葉が、「わたしの恵みはあなたに十分である。 力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ。」というみ言葉でした。
パウロの語る「とげ」とは、自分の「弱さ」のことでした。 ですからパウロは、この肉体に与えられた一つの「とげ」が取り除かれるように、この弱さが取り除かれるようにと何度も祈ったのです。 私たちが病気であるなら健康を願うでしょう。 災難や災害があるなら平穏無事を望むでしょう。 乏しさがあるなら豊かさを追い求めるでしょう。 しかし、パウロが自分の為に健康や平穏や豊かさを、何度も繰り返し祈り願ったとは到底思えない。 すさまじい苦難の生涯を送ったパウロです。 福音を宣べ伝えるために、手紙を書き、足を運び、祈り続けているコリントの教会を取り戻すために、この肉体のとげが自分の身から取り除かれること、弱さを克服することを心から願ったのではないでしょうか。
「わたしの恵みはあなたに十分である。 力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ。」というイエスのみ言葉こそ、パウロが何度も繰り返された祈りの中で与えられたものです。 パウロの祈りは、確かにすぐには答えの出ない祈りでした。「聞かれざる祈り」でした。 しかし、その時に、パウロはイエスのこのみ言葉を聞くことができたのです。 パウロの祈る「祈り」は、聞き入れられなかったのではない。 「わたしの恵みが十分に発揮される」その「とげ」は、その「弱さ」は十分であるとパウロの祈りは聞かれたのです。 ですから、パウロは、「キリストの力が私に宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。」と、再び立ち上がったのです。 「キリストのためならば、弱さと侮辱と危機と迫害と行き詰まりとに甘んじよう。」と語ることができたのです。 本当の強さは、弱さのところに働く。 そこに、キリストの力が宿るからです。 もう何もすることができないとまったく無力となってただ主にすがる以外にどうしようもないところに、主の恵みが働くとパウロは語っているのです。
私たちはだれしも、弱さと強さをもっています。 しかし、私たちは力を誇り、強さを求めます。 弱さを恥じて、その弱さを隠そうとします。 しかし、パウロは違うと言います。 主イエスは、飼い葉おけの中に小さな存在として生まれた。 その生涯においては、病いに苦しむ者、虐げられている者、自分一人では何もできない者のそばに寄り添って、その弱さを担って交わりをされた。 そして、最後は、権力と妬みと侮辱の中を黙って、自ら進んで十字架の上で死なれたのです。 主イエスはご自身の弱さのうえに、父なる神の力が働かれることに身を委ねたのだと言っているのです。 私たちが誇っている弱さなど、たかが知れています。 自分の能力や努力に頼っている限り、自分の力以上のものを発揮することはできないでしょう。 自分が思い描く以上のことにはならないでしょう。 しかし、自分が消えてなくなり、そこにキリストの力が宿るなら、話しは別です。 もし、キリストの力がそこに宿るなら、キリストの恵みが発揮される。 恵みが十分に満たされる。 そこで、主イエスが私たちを用いてくださるとパウロは言うのです。
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「夜明けの食事」 ヨハネによる福音書21章9~14節
生涯をかけて従ってきたイエスが十字架によって処刑され、目的を失ってしまった弟子たちでした。 最後には、そのイエスを裏切って、見捨てて、逃げ出してしまった弟子たちでした。 その後ろめたさと相俟って弟子たちは、虚しさの中に漂っていたのでしょう。 ペトロたちの故郷であったガリラヤ湖で漁をしていたというのです。 いなくなった、死んでしまったと思われたイエスが、この虚ろな弟子たちの前に何度か現れて、「あなたがたは、すべての民をわたしの弟子にしなさい。 わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」と励まされた弟子たちのはずでした。 漁師経験の豊富なペトロが「わたしは漁に行く」と呼びかけて、他の弟子たちが「わたしたちも一緒に行こう」と応じたその日の「夜の漁」でした。 「何も獲れなかった」夜でした。 経験を生かして様々な方策を試してみたが、その夜は一匹の魚も獲れなかったのです。 その様子を、よみがえられたイエスが岸辺に立って一部始終を一晩中ご覧になっていたというのです。 そのイエスが、「子たちよ、何か食べるものはあるか。」と尋ねた。 「何もありません」という弟子たちの叫びに、「舟の右側に網を打ちなさい」と言われた。 何度もお会いしているイエスを目を凝らして見れば、耳を凝らせて聞けば分かるはずの距離であるのに、弟子たちはそれが主イエスであるとは分からなかった。 言われた通りに網を打ってみると、網を引き上げることができないくらいの大漁となったと言います。
イエスは、ペトロたちを「人間をとる漁師になる」と言われて、弟子として召し集められました。 この「夜の漁」とは、いったい何でしょうか。 虚しさの中でただ日常生活に漂う弟子たちの姿を表しているのかもしれません。 先の見えない暗闇のなかにあった弟子たちが「すべての民をわたしの弟子にしなさい。」とイエスに命じられて、恐れと戸惑いとためらいを携えながら、自分たちなりに懸命に取り組んでいた宣教の姿であったのかもしれません。 その弟子たちに、「舟の右側に網を打ちなさい」とイエスは呼びかけられたのです。 聖書の言う「右側」とは、神の側ということです。 人の思いの側ではなく、神のみ心の側です。 人や自分が喜ぶ側でなく、神が喜ばれる側です。 そこに目や耳や力を傾けなさいと、イエスは呼びかけられたのです。 先が見えない、惨めな結果にもがき苦しんでいる弟子たちであったのでしょう。絶望と失意のなかに歩み始めた弱々しい弟子たちであったのでしょう。 イエスは、その一部始終を一晩中、ずっと見ておられたのです。 ふさわしい言葉をかけて、呼びかけてくださったのです。 網を引き上げることができないくらいの「大漁のしるし」まで与えてくださったのです。 それだけではない。 イエスは炭火を起こして、その上に魚を乗せて、パンまでも用意し、たった今与えられた恵みの魚まで持って来させて、食事の用意をし、「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と、虚しく夜の湖を漂っていた弟子たちを招いてくださったのです。 ですから、私たちの生涯は虚しいものではありません。 その恵みと憐れみを知る力がなかっただけです。 神のみ心を深く知る、神の力と知恵を求める祈りがなかったからです。 私たちにとって、どのような忌まわしいことが起きたとしても、どんな素晴らしい出来事があったとしても、それは神のみ心によって為された神の恵みです。 それが失敗に見えたとしても、成功に見えたとしても、 深くて長いご計画の中にある神の業です。 先の見えない「死」という終りに向かって漂っている生涯から、新しい命を与えられ新しい道を歩む生涯へと「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と招いてくださっているのです。 イエスの復活は、十字架の終着点ではありません。 弟子たち、私たちが「夜明けの食事」に招かれ、養われ、遣わされていく、新しい命の生涯の始まりです。 イエスに替わって、闇に覆われている遣わされた所で福音を宣べ伝える新しい出発点です。
「神の喜び」 ルカによる福音書15章1~7節
イエスの話を聞こうとして近寄ってきた「徴税人や罪人」がいました。 「徴税人」とは、ローマから税金を徴収する下請けを委託されていたユダヤ人のことです。 決められている額以上のものを徴収すれば、それが自分のふところに入ったのでしょう。 ユダヤ人にとって、異邦の国ローマの下請けという職業だけでも忌み嫌われた存在です。 私腹を肥やすということがあるなら、尚更のことです。 ユダヤの社会から排除された存在を、聖書は「徴税人や罪人」と表現しています。 そこに、「なぜ、そのような人たちと一緒に食事をしているのか」と、イエスに不平を言うために近寄ってきた「ファリサイ派や律法学者たち」がいたと言います。 ユダヤの人々にとって、食事は神への礼拝でした。 神の民の群れの交わりでした。 汚れた者と一緒に食事をするということを、「ファリサイ派や律法学者たち」は認めることができなかったのです。 そのイエスに抗議を唱えて迫った彼らにイエスが語った譬えが、有名な「見失った羊」の譬えであったのです。 「あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。 そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでくださいと言うであろう。」と語られたのです。
「徴税人や罪人こそが、見失った一匹の羊ではないか。 これらの者が、今、私の話を聞きたいと戻ってきているではないか。 なぜ、あなたがたは一緒に喜ぼうとしないのか」と、「ファリサイ派や律法学者たち」に向けてイエスは語るのです。 「ファリサイ派や律法学者たち」とは、自分たちは何の落ち度もなく正しい行いをしている。 しっかりと自立して、神の前に立っている。 自分たちこそ、神に救われる資格をもっていると自負している人の姿です。 イエスは、神のもとに悔い改めて戻ってきている一人の罪人には、「言っておくが、このように悔い改める必要のない九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にはある。」と言われたのです。 自分勝手な理由により、神のもとを離れてしまった人たちであるかもしれない。 しかし、今に至って、ただ神の憐れみだけにすがり、何の行いもなしに神のもとに取り戻されるという恵みに与かろうとしている。 そこに神の大きな喜びがある。 神はどこまでも捜し求めていく。 どのような犠牲を払ってでも見つけ出すまで捜し回る。 そして、見つけたら一緒に喜ぶ。 なぜあなたがたは一緒に喜ぶことができなのかと、「ファリサイ派や律法学者たち」に迫ったのです。
考えてみてください。 私たちはなぜ、神のもとに戻ることができたのでしょうか。 奇跡でしょうか。 偶然でしょうか。 自分の努力でしょうか。 人の助けがあったからでしょうか。 イエスは、神のもとに戻るための資格や努力を何も求めていません。 神がすでに、私たちを捜し求めてくださっていたからです。 失われた人を見つけ出し、連れ戻してくる。 そこに「神の喜び」がある。 神のもとを離れてしまっている人が一人でもいるなら、そこには「神の悲しみ」があるのです。 「悔い改め」とは、罪を犯した者が罪のない者となるための後悔でも、懺悔でもありません。 新しく立ち上がって、今までとは違う神の方向に向きを変える。 神のもとに立ち帰っていく。 見つけ出してくださった神の喜びを感謝して受け取って、その神の喜びの中に生きていくということではないでしょうか。 私たちは神に見出していただかなければ、神のもとに帰ることはできません。 私たちが、神に捜し求められていることに気づかなければなりません。 捜し、見出すことが神の喜びであることを知らなければなりません。 失われた者であった私たちが見つけ出されたように、失われた者に対する「神の悲しみ」が今もなおあることに、私たちは無関心であってはならないのです。
「最後の晩餐の主イエス」 マルコによる福音書14章12~21節
時は「過越の小羊を屠る日」でした。 ユダヤの人々にとって、奴隷の身であったエジプトから救い出されるという故事を記念として、大事にしてきた祭りの日でした。 弟子たちが「過越の食事をなさるのに、どこへ行って用意しましょうか。」と尋ねる前にすでに、イエスは先を見越して周到に準備されていました。 この時のイエスの身辺には、危険が迫っていました。 ローマ兵士たち、ユダヤの祭司長たちに気づかれないよう、とある二階の広間に準備されていたのです。 イエスはその食事を、「わたしの過越の食事」、私がこの地上で弟子たちとともにする「最後の食事」、「準備しておきなさい」とイエスが言われて招いた食事」であったのです。 それほどまでに大切に思われたその食事で言われたイエスの言葉が、「あなたがたのうちの一人で、わたしと一緒に食事をしている者が、わたしを裏切ろうとしている。」というものでした。 こんな犯人探しのようなことを言うために、イエスはわざわざこの食事を準備したのでしょうか。
この時すでに、ユダは、「イエスを引き渡す機会をねらっていた」と言います。 どのようにしてイエスを捕らえようかと算段にあぐねていた祭司長たちは、イエスの十二弟子の一人ユダが駆け込んで来たことを喜んだでしょうね。 ユダは貧しい人たちを救い、自分たちの国を救い出して復興を成し遂げてくださるに違いないとイエスを見ていたのでしょう。 自分の願いを叶えてくれるお方ではないと分かってくれば、人は簡単に捨ててしまう。 ユダだけではない、他の弟子たちも「まさかわたしのことではと代わる代わる言い始めた」とあります。 この時の様子が、レオナルドダヴィンチの絵画「最後の晩餐」の場面です。 確かに、イエスを直接祭司長たちに引き渡したのは、ユダであったかもしれない。 しかし、他の弟子たちもまた皆イエスを見捨てて逃げてしまったのです。 ローマの兵士たちもユダヤの人々も自分たちの都合により、イエスを十字架に架けてしまったのです。 イエスはそれらすべての者を含めて、この最後の晩餐の「過越の小羊」の姿をご自身の姿になぞらえて語ったのです。 「わたしは、裂かれたパンである。 わたしは、流された血である。」 自分の願いではなく、理不尽な暴力によって、死に価する罪を犯していないにも関わらず、無理やり「裂かれたからだ」である。 敵意と憎悪によって「流された血」であると言われたのです。 イエスはこの「裂かれたからだ」と「流された血」が、このイエスのもとを離れて行こうとしているユダにも、今、食事をともにしているがこれからイエスを見捨てて逃げて行こうとする他の十二弟子たちにも、また自らの身を守るためだけに動いているローマやユダヤの人々にもすべての者に対して、この最後の主の晩餐にイエスは招いておられるのではないでしょうか。 聖書に預言された「屠り場に引かれる小羊のように」、また「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」と表現されてお生まれになった通りのイエスのご生涯でした。 この最後の「主の晩餐」は、すべての罪人が招かれる食事です。 その食事の主人は、十字架のうえでからだを裂かれたイエス、血を流されたイエスです。 取り返しのつかない過ちを犯してしまった私たちを、その絶望と孤独の中から贖い出して、すべて赦して祝福へと招いてくださっているのです。 ペトロは泣いて、悔いて、恥ずかしくとも向きを変えて、イエスのもとへ再び帰ってきたのです。 イエスの十字架の赦しを受け入れたのです。 ユダの本当の過ちは、イエスを裏切ったことではありません。 ユダを赦して、じっと待っておられるイエスを拒んだことです。 再びイエスの前に進み出ることに躊躇し、ついに戻らなかったことです。 十字架のうえのイエスというささげものは、眺めて飾っておくものではない。 「取って食べなさい。 飲んで味わいなさい。」と、自ら体験し、味わうものとしてささげられたのです。 私たちは自分自身のためにも、隣人のためにも、このイエスの十字架の死を空しくしてはならないのです。
「わたしが与える平和」 ヨハネによる福音書14章25~31節
イエスは、「平和を実現する人々は幸いである。 その人たちは神の子と呼ばれる。」と言います。
平穏無事である、無病息災である、争いをしていないことが幸いであるとは言っておられません。 口語訳聖書では、「平和をつくり出す人たちは、幸いである。」と記されています。 イエスの言われる「平和」とはいったい何でしょうか。 その平和をつくり出すとはどういうことでしょうか。 「それは祝福だ、災いだ」と自分勝手に決めつけて、「この人にこのような出来事が起きてしまっているのは、どうしてですか。 このような災害や災難が起きているのは、なぜですか。」と尋ねる弟子たちに、イエスは「神の業がその人のうえに起こるためである」と言われました。 納得する理由を外に求め、あるいは神に求める。 それが与えられないなら、社会のせいにする、人のせいにする、神など存在しないと破れてしまう。 受け取りやすい、理解しやすいことだけを外に求め、神に要求してしまう。 これが私たちの現実の姿でしょう。 しかし、イエスは、神の業が起こり、神の恵みが現わされる時がやってきた。 そこに神の国が訪れる。 神に要求する前に、神がすでに働いてくださっておられるみ業にあなたは気づくようになる。 神の恵みがすでに与えられていることに気づかされるようになる。 その機会が今、与えられている。 だから、神のもとに立ち帰りなさいと、私たちをイエスは招かれたのです。 外に向かって破れてしまうほどのことが起こっているにもかかわらず、神に生かされている、愛されている、赦されていることに気づかされる。 この神の赦し、神の愛に生きる者とされていることに喜びをもって感謝をささげることができるようになる。 これがイエスの言う「平和、平安」なのではないでしょうか。
これからイエスと別れることになる弟子たち。 イエスの名のゆえに、自分たちの死をも覚悟しなければならない立場に置かれることになる弟子たち。 その直前のしばしのイエスとともにする最後の晩餐に与かった弟子たちです。 その場で、イエスは「わたしは、平和を残す。 わたしの平和を与える。 この世が与えるようなものではない。」と言われたのです。 考えてみてください。 弟子たちは、仕事も、家族も、故郷も捨てて、その存在すべてをかけてイエスに従ってきたのです。 そのイエスがいなくなる。 間違いなく神の子であるそのお方が殺され、踏みにじられ、嘲られなければならない理由が分からない。 絶望と孤立にただ佇んでいるだけの弟子たちの耳に、イエスのこの言葉が響いたのです。 これから弟子たちが向かって行くのは嵐が吹き荒れる世界です。 無病息災でも、平穏無事でもありません。 「わたしは去っていくが、あなたがたのところへ戻って来る。 わたしの平和を残す。 父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる。」と、この最後の晩餐の部屋から出て行く勇気のない弟子たちに、イエスが憐れみをもって語りかけられたのです。 イエスが与える平和は、聖霊による平和です。 賜物として与えられる平和です。 かつて何も分からなかった、見ることも聞くこともできなかった神のみ言葉や業が思い起こされる平和です。 ですから、私たちは与えられたもので、崩れ落ちるような見せかけのはかない平和に惑わされてはなりません。 錯覚もしてはなりません。 逆に勝手に思い描いているものを与えられていないと、失望もしてはなりません。 私たちは、神に愛されている、赦されていることに気づいて喜んでいるでしょうか。 この神の愛、赦しの体験が、力や喜びや感謝を産み出します。 イエスの平和、平安を味わった者が、イエスの平和を創り出します。 地上の弟子たちがイエスに招かれたように、聖霊の主が私たちをイエスの平和に招いてくださっているのです。 「さあ、立て。 ここから出かけよう」と奮い立たせてくださっているのです。
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