「輝かせ、主イエスの光を」 ヨハネによる福音書12章27~36a節
主イエスは、「わたしは、世の光である。 わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。」(8:12)と言われました。 もう少し詳しく、「わたしは、世にいる間、世の光である。」(9:5)とも言われています。 「世にいる間」です。 35節に、「光は、いましばらく、あなたがたの間にある。」と言われている通りです。 「いま、しばらく」とは、聖書の言う「終わりの日」が到着する前ということでしょう。 「もうすでに、神との交わりを失っている者は暗闇を歩いている者である。 暗闇に中に沈み込んでいる者である。 暗闇の中を歩く者は、どこへ行くのか分からない者であるから、神との交わりを失って自分が暗闇の中にいることさえ見失っている者であるから、わたしの光のもとへ来なさい。 暗闇に追いつかれないように、光を見出して、光の中を歩きなさい。 光のあるうちに、光の子となりなさい。 その光がこの暗闇の中にあって歩くべき道を導いてくれると信じなさい。」と、私たちを暗闇に中から救い出すために、イエスは招いておられるのです。 「暗闇を照らす光である」と、イエスはご自身のことを言われたのです。 終わりの日がくるまでの、いましばらくの間、この世にある間、神を失ってしまったこの世に、暗闇となってしまったこの世に、もう一度、この世が暗闇となっていることを知らせるために遣わされた光であると言われたのです。 イエスの光こそ、暗闇を背負っている光です。
その姿が、イエスの祈りに表されています。 「今、わたしは心騒ぐ。 父よ、わたしをこの時から救ってください。」 これが、人間のからだを背負われた神の子の姿です。 他の福音書が語るゲッセマネの祈りの姿です。 「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。」 これが、十字架を直前にした、この世に遣わされた神の子の、苦悩に満ちた祈りの姿です。 しかし、この苦悩の祈りが、「しかし、わたしはまさにこの時のために来たのだ。 父よ、御名の栄光を現してください。」という祈りに変えられている。 その時です。 天からの声、「わたしは既に栄光を現した。 再び栄光を現そう。」という力強い声が、イエスのもとに天から届いたのです。 ルカによる福音書では、「天使が天から現れてイエスを力づけた」とあります。 イエスとても、父なる神のもとからくる力に支えられたのです。 イエスの光は、深い暗闇の中に照らされた光であったのです。 イエスはこの天からの声に確信して、「この声がしたのは、わたしのためではないのだ。 わたしと同じように暗闇の中に祈り、動めいているあなたがたのためである。 この神のもとへと立ち帰るために歩いて行く道を照らす光を、あなたがたが見つけ出して、その光のもとで歩いて行くなら、わたしと同じように父なる神のもとへたどり着くことができる。 そのことを信じることができるようになるためである。」と言われたのです。 主イエスの光は、私たちを導くために、今あるそのところが暗闇であることを知らせ、そこから解放する力です。 「わたしを救ってください」という祈りが、「あなたの御名を現してください」という祈りに変えられている。 暗闇を背負ったままでも、天からの力によって変えられて、神のもとに戻ることができると信じることができるようになる。 主イエスの光は、暗闇の中にいる間に神の力によって変えられて、招かれた道を信じて歩いて行くことができるようにと招く光です。 その光が私たちの中に宿るために、その器をたやすくつくり変える力をもっています。 イエスは自ら輝くために、どのような器であったとしても、つくり変えてくださるのです。 私たちは、その光が宿るために宿る場所を空けておくこと、迎え入れることができたなら宿し続けること、イエスの光が宿り続けるならありのままの自分を差し出して、その光で照らしていただきつくり変えていただくことです。
「行け、わたしが遣わす」 使徒言行録22章17~21節
使徒言行録9章に、パウロの劇的な回心の状況が淡々と記されています。 「天からの光が周りを照らした。」 すると、パウロは地に倒れ、目が見えなくなった。 何が起こったのか分からないパウロに、「なぜ、わたしを迫害するのかと呼びかけられた」天の声があった。 呼びかける天の声に「あなたはどなたですか」と尋ね返すパウロに、「わたしは、あなたを迫害しているイエスである。」 「起きて町に入れ。 そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる。」という答えが返ってきた。 この出来事を境にして、パウロは異邦人に対する偉大な宣教者として立ち上がったと言うのです。 パウロは、イエスの弟子たちを片っ端から捕らえて、エルサレムに送り込もうとした危険な人物でした。そのパウロが180度転換して、「イエスこそ神の子である」と宣教し始めたと言うのです。 このパウロの大転換を、パウロ自身が振り返っている箇所が他に22章と26章の二か所もあるのです。 使徒言行録は三度も、パウロの回心を「証し」として語るのです。
この22章の箇所によると、自分はれっきとした、ヘブライ語を話すユダヤ人です。 皆さんと同じように、熱心なユダヤ教徒で、忠実に神に仕えてきた者です。 律法についても、最大学派のガマリエルのもとで厳しい教育を受けた者です。 その律法を軽んじる「イエスを信じる者たち」を縛り上げて、獄に投げ入れ、殺しさえした者です。 大祭司や長老たちも、このことはよく知っていることです。 大祭司から、処罰する許可状をいただいて、イエスの弟子たちを処罰するためにダマスコへ出かけて行ったときのことです。 殺されたものとばかり思っていたナザレのイエスが、この私に現れて呼びかけてきたのです。 その呼びかけは、「立ち上がってダマスコへ行け。 しなければならないことは、すべてそこで知らされる」というものでした。 目も見えず、人の力を借りなければダマスコへ入ることのできなかったこの私が、人の手を借りて、またアナニアという人によって目が見えるようになって、事の成り行きを教えてもらったのです。 「神がこの私を選んだ。それは、み心を悟らせ、死んで復活したイエスに出会わせ、呼びかけを聞かせるためだった。 すべての人に、そのイエスの証し人となるためだった。」と聞かされたのです。 すると、元気を取り戻し、バプテスマを受けてすぐあちこちの会堂で、「この人こそ神の子である」とイエスのことを宣べ伝えるようになったのです。」と、パウロは切羽詰まった状態の中でも切々と自分自身の回心について「証し」を語ったのです。
「証し」をするために選ばれたのは、このパウロだけでしょうか。 「証し」をするということは、イエスによって生まれ変わった者でなければできないことです。 神の子と変えられた者でなければ、「証し」を託されることはありません。 本人にしか、言い表すことのできない恵みです。 ひとりの人が生き方を通して語る「証し」こそ、神の国の宣教の業の根源です。 この意気揚々と語るパウロに、厳しい現実が襲います。 この証人となって語る「証し」がなぜ受け入れられないのですかと、神殿で憔悴しつつ祈っているパウロの姿があります。 神のみ心は、パウロの思いとはかけ離れたものでした。 そこでパウロに語られたイエスの呼びかけは、「急げ、すぐエルサレムから出て行け。 わたしがあなたを遠く異邦人のために遣わすのだ。」というものでした。 パウロの同胞のユダヤ人の救いのために遣わされるというパウロの思いはことごとく砕かれて、まったく別の異邦人たちのところへの「証し人」の働きが与えられたのです。 「神の思いは、わたしたちの思いとは異なり 神の道はわたしたちの道と異なる」(イザヤ55:8)のです。 神は、私たちの思いを神のみ心へとつくり変えてくださるのです。
「自分の体を献げなさい」 ローマの信徒への手紙12章1~8節
パウロは「こういうわけで」と、神の救いの恵みを受け取ることのできた私たちがどのように歩んでいくのか、どのような生活を送っていくのかをこの手紙で書き始めています。 パウロが最初に勧めていることは、「神の憐れみ」、「神の恵み」に応えるということです。 この「憐れみ、恵み」は、受ける側の資格であるとか、価値であるとか、働きであるとかに一切無関係です。 だからこそ、「憐れみ、恵み」としか言いようがないものなのです。 そして、「自分の体を、献げなさい」とパウロは言うのです。 当時のローマの世界を覆っていた思想は、体こそ罪を生み出す、卑しむべきものである。 汚れているものである。 体は滅ぶけれども、魂は残る。 これが、ローマの人々に刷り込まれている思いです。 パウロはそのような常識にお構いなく、その卑しむべき、汚れているとみられていたその体を、いけにえとして神に献げなさいと勧めているのです。 その当時としては、驚くべき勧めです。 そのような卑しいもの、汚れたものと思われていた「体」は、神に喜ばれる筈がないと思われていたに違いない。 パウロはそれでも敢えて、「自分の体を、神に献げなさい」と言うのです。
私たちの人格は、この体と一体です。 痛みや苦しみも味わう、喜びや感謝をも感じ取ることのできる体をともなった存在です。 私たちの信仰は、哲学でも観念でもない。 痛いと感じ、つらいと感じ、喜んだり、驚いたりする、その体をともなった体験です。 イエスはこのような私たちと同じ体を、この地上で担ってくださったのです。 このイエスの体と結び合わされることによって、「神に与えられた恵み」に、自分の体をもって応えることをパウロは勧めているのです。 この神の恵みに応えて自分の身を献げるという「献身」は、神の恵みに応えて自分の生活のありのまま神の前に差し出すことです。 一部だけ差し出すわけにはいかない、この自分の体すべてをありのまま神の前に持ち運んで差し出すことです。 これこそ、「私たちのなすべき礼拝である。」 「神に喜ばれる、神の御心にかなった神のものとなる礼拝である。」 「生きた私たちの体を差し出すことである。」とパウロは言うのです。 そして、自分たちのなすべき礼拝は、特別な場所で、特別な儀式で、特別ないけにえを献げるものではない。 イエスは、「まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。 今がその時である。」と言われました。 イエスは形式的な祭儀も、特別な神殿も終わりにされました。 「自分の体を献げる」という、生きた日常の生活の姿をありのまま献げるという私たちの「霊と真理をもって」行う礼拝こそが、神に喜ばれる、神のものである礼拝であると言うのです。 なぜなら、そこに神の働きが起こるからです。 神との交わりを持ち続けるなら、私たちの体もまた神のものとなるのです。 パウロは、「自分を変えていただきなさい」と表現します。 この世に「倣ってはならない、調子を合わせてはならない、妥協してはならない」と警告しているのです。 自分の身をありのまま神の働きに差し出すこと、委ねることの結果、「何が神の御心であるのかわきまえ知るようになる。 何が善いことであるのかわきまえ知るようになる。 神に喜ばれるものになる。 神に属するものになる。」と言うのです。 神ご自身が自ら霊となって宿るためにふさわしく、私たちをつくり変えてくださるのです。 そのために、イエスという尊い代価が支払われたのです。 だから、喜んで自分の体を献げて変えていただきなさいとパウロは言うのです。 神の恵みに応えて、ありのままに、身を差し出すところには、この神の家族となる「霊的な交わり」と、神のものであることをわきまえ知ることができるようになる「変えられた体」、「それぞれに与えられた異なった賜物」がつくり上げられるのです。
「復活への道」 マタイによる福音書7章13~14節
膨大な「山上の教え」のうちのわずか四行で語られた教えです。 聖書で言う「道」とは、私たちの生き方でしょう。 その道を通るための入り口が「門」でしょう。 私たちの人生には様々な生き方があります。 どのような「道」を選んで歩むかは、その人の選択にかかっていることかもしれない。 選択の余地がなかったと言われるかもしれない。 どちらが幸いであったのか、私たちには分からないことでしょう。 しかし、聖書は、私たちの歩む道の終着地には「命」と「滅び」があると言います。 その「滅びに通じる門」は広く、その「道」も広々として、多くの人がそこから入る。 しかし、「命に通じる門」はなんと狭く、その「道」も細い。 その「門」も「道」も見出す者は少ないと言います。 イエスはこの教えを、人生訓として「失敗や成功」、「からだの死や生」を人々に広く語ったのではありません。 これから遣わされていく愛する弟子たちに、この地上の歩みこそその終着地につながる道である。 地上の歩みと終着地は不可分につながっていると言われるのです。
私たちは、自分たちの歩む道を狭いとか細いとか自分勝手に決めつけてはいないでしょうか。 私たちは実は何も見えていない。 神が備えてくださっているその働きがそこにあることさえ気づいていない。 気づこうともしないのです。 イエスは、すぐそこに手の届くところに、あなたがたが求めているものがあるではないかと嘆いておられます。 それと同時に、そこにこそ「命の道」がある。 そこにしかない道が見えていないのか。 一緒に歩いて行こうと、イエスは招いておられるのです。 その道こそ、イエスが十字架につけられた門であり、道です。神に赦されて受け入れられた道です。 イエスが復活させられた門であり、道です。 新しい姿に変えられて、「命の道」にたどり着くことができる道です。 ですからイエスは、「わたしは道であり、真理であり、命である。 わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことはできない。」と言われたのです。 私を信じる者は、十字架という門を通って入り、私が辿った復活の道、新しい道を歩み始めることになると招いておられるのです。 私たちはその歩む道の途上で揺れ動いています。 ペトロもトマスもユダも何ら変わりありません。 私たちやペトロやトマスやユダの思い、動機が大切なことではないのです。 イエスが、この揺れ動く私たちの思いや動機をすべて受け取ってくださって、赦して、イエスご自身の祈りの中に組み入れられているということが大事なのです。 イエスがそれらすべてを引き取って、赦して、招いてくださっているのです。 そのイエスの招きに立ち戻って、私たちがイエスのもとへ飛び込んでいくかどうかです。 このお方とともに私たちがあるのかどうか、この一点だけです。
ラザロのよみがえりの出来事を憶えます。 ラザロは何か信仰を語ったのでも、何かを成し遂げたのでもありません。 イエスによって用いられ、よみがえりの姿が与えられただけです。 このラザロの姿こそ、病いによって命を失った者が再び命を取り戻した姿です。 その姿を見るために、ユダヤの大群衆がやってきたと言うのです。 死を味わって、神の働きに全く委ねざるをえなくなった人の「証し」の象徴でしょう。 「死を迎える」ということは、この神に身を委ねるという実体験なのではないかと思わされるのです。 否がおうにも、その時がすべての人に等しく訪れるのです。 その時こそ、神にすべてを委ねる時です。 すべてが、神の働きによって変えられるのです。 私たちがそれを良いとか、悪いとか決めつけないで、神の働きに委ねるのです。 それが神によって用いられ、変えられる姿なのではないでしょうか。 イースターは、信じることができないことを信じることができるようになるイエスの招きです。
「罪のシンボル」 ヨハネによる福音書19章31~42節
「死んで墓に葬られ、納められたイエス」が語られています。 十字架刑に処せられた者は、その十字架の上で苦しみもだえます。 その苦しむ姿こそ人々への見せしめです。 しかし、安息日を汚さないため、安息日にはその十字架から遺体を取り降ろそうとします。 息を吹き返し逃げ出さないよう、念には念を入れて受刑者の足の骨を折ると言います。 更に、その死を確実なものとするために槍でわき腹を刺すと言うのです。 しかし、イエスの足の骨は折られることがなかった。 槍で刺されたイエスのわき腹からは、水と血が流れ出たと記されています。 旧約聖書には、「過ぎ越しの祭りにささげられる小羊の骨は折ってはならない」と書かれています。 イエスは「過ぎ越しの祭りにささげられる小羊」として十字架に犠牲としてささげられたと告白しています。 血は契約の血を表し、水は汚れを洗い流すと言います。 イエスの十字架の死こそ、私たちを贖うために父なる神にささげられた「死」であると告白しているのです。 ですから、イエスはその頭を垂れて息を引き取る直前に、「成し遂げられた」と一言語られたのです。 新改訳聖書では、「完了したと言われた。 そして、頭をたれて霊をお渡しになった。」と訳されています。 イエスは「成し遂げられた」と語って、ご自身の霊を私たちすべての人に向けて渡されたのです。
そのイエスの遺体を埋葬したのは、アリマタヤのヨセフ、ニコデモであったと言うのです。 アリマタヤのヨセフとは、ローマ総督に「遺体を取り降ろし、葬りたい」と直接願い出ることができるほどの立場にあった人です。 地域を代表する長老の議員です。 ニコデモとは、かつて人目を忍んで夜中にイエスのもとにやってきた人物です。 ファリサイ派に属する裕福な議員です。 どちらもイエスを信じていたが、ユダヤ人たちを恐れてそのことを公然と言うことができなかった人です。 イエスとともにいた弟子たちはその場から逃げ去っていたのに、そのような臆病なふたりが勇気を振り絞って、公然とイエスの遺体を引き取り、遺体を安置する墓穴に香料を添えてイエスを最後に葬ったというのです。 十字架は、この世に対して輝く神の救いの象徴です。 神の愛、赦しの象徴です。 しかし、忘れてならないことは、このイエスの十字架こそユダヤの大祭司が自分の立場を守るために、もっともらしい理屈を正当化して危険人物と思われたイエスの命を奪った道具です。 ローマの総督が、本意ではないのにユダヤの人々を恐れてその意に流されて、自分の身を守るためだけにくだした死刑の道具です。 人の過ちと弱さと醜さが込められたシンボルです。 この世に留まろうとした人々が、この世の霊にそそのかされて過ちを犯してしまった道具です。 よりによって、神のもとから遣わされた神の子まで殺してしまった道具です。 私たちは、復活の朝、イースターを迎えるその前に、この十字架というシンボルによって命を奪われたイエスの「死と葬り」に目を向けなさいと、聖書はありのまま語っているのではないでしょうか。 イエスを十字架につけたのは、大祭司ですか。 ローマの総督ですか。 ファリサイ派の人々ですか。 逃げ出した弟子たちですか。 何もせず、ただ傍観していた群衆ですか。 私たちは、この十字架の周りを取り囲むものに気づかなければならない。 十字架のもとに潜んでいる、私たちの奥底にあるものに目を向けなければならない。 そこにふたをして、見ないようにしてはならない。 イースターの喜びを前にして、十字架のイエスとともに葬り去られたもの、打ち砕かれたものがあることに気づかなければならない。 イエスの遺体を葬ったふたりは、葬らなければならない古い過去の自分を、神の働きによってイエスとともに葬ることができたのです。 これが、復活の出来事の備えです。
「立ち帰れという神の御心」 使徒言行録17章22~31節
パウロは、アカイア州の古い町であるアテネにたどり着いたようです。 そこで、シラスとテモテを待っていたと記されています。 本来、宣教の予定もなかった場所であるように思います。 しかし、二人を待っていただけのパウロがアテネの町を巡り始めると、その町の至る所に偶像があることに気づかされました。 アテネの町には、三千にも及ぶ偶像が建てられていたと言います。 それらを芸術作品としてだけで見るなら、観光客のように喜び感動したかもしれません。 しかし、パウロは「憤慨した」とあります。 パウロは居ても立ってもおれなかったのでしょう。 毎日、アテネの人々と論じ合っていたと言います。 アカイア州の中心都市はコリントでしたが、アテネはその文化と思想の中心地でした。 アテネの人々は教養もあり、気位も高く、自分たちを特別な存在と考えていたようです。 そのようなところで、パウロの宣教が思いがけなく始まったのです。 偶像に溢れた世界で、福音を孤独に語るキリスト者の原型がそこにあるように感じます。 パウロが語ることについて、アテネの人たちは、「このおしゃべりは、何を言いたいのだろうか。 外国の神々の宣伝をする者らしい。」というぐらいにしか受け取っていなかったのです。 嘲笑の的でしかなかったのです。 ただ物珍しさだけでパウロの話を聞いていたのです。 そこで語られた説教が、今日の「アレオパゴスにおけるパウロの説教」です。
「あなたがたが知らずに拝んでいる神をお知らせしましょう。 この神は、世界とその中の万物とを造られた神です。 だから、人間の手でつくったような神殿に閉じ込められるようなお方ではありません。 また、人間に助けてもらわなければならないような存在でもありません。すべての人間に、命と息と必要なるものすべてを与えることができるお方です。」と堂々と語り出したのです。 更に、「その神は、一人の人アダムから、すべての民族を造り出したお方です。 このお方を求めて行けば、唯一の神を見つけ出すことができるはずです。 人間が自分の願い通りのものを叶えてくれるだけの神を期待するなら、この真の神にたどり着くことはできないでしょう。 この神は、私たち人間を地上の至るところに住まわせて、すべてを支配しておられるお方です。 ですから、すべての人間はいつでも、どこでも、だれでも、この神を求めれば見出すことができるのです。 その神は、私たちのそば近くに伴ってくださっているのです。」と、アテネの人たちがよく知っていた二人の詩人の詩を引用して訴えたのです。 神の方から、至る所でご自身を私たちに顕して、「立ち帰れ」と取り戻そうとしてくださっているのに、私たちはこの神の前から隠れてしまうのです。 そのような私たちを取り戻すこと、これが真の神の御心だと、ほとんど受け入れることがないだろうと思われるアテネの人たちの前でパウロは訴えたのです。 この神は、99匹の羊をそこにおいてでも、迷う1匹の羊を追いかけられるお方です。 亡くした一枚の銀貨を見つけ出すまで探し求められるお方です。 失われた放蕩息子が戻って来たなら喜んで迎え入れるお方です。 パウロはこの説教の締めくくりに、「今まではこのような無知の時代、偶像崇拝という無知を、大目に見てくださいましたが、今はどこにいる人でも皆悔い改めるようにと、命じられています。」と言うのです。 それは、「イエス・キリストによってこの世を正しく裁く日をお決めになったからです。 死者の中からイエス・キリストを復活させて、その裁きと救いがあることの確証をお与えになったからです。」 これは、この神から与えられるまったく無代価の一方的な恵みです。 この恵みを受け取るのか、拒むのか、その決断が私たちに迫られているのですと、パウロはアテネの人たちの前で語ったのです。
「聖霊を受けなさい」 ヨハネによる福音書20章19~23節
イエスが十字架に架けられて処刑されて死んだ三日目の早朝です。 安息日が明けた週の初めの日曜日の朝です。 マグダラのマリアがひとり、イエスの遺体が置かれていた墓の外に立って泣いていました。 墓の中をのぞいたマリアが、イエスの遺体がないことを知って驚いています。 そこに死んだはずのイエスが現れて、「マリア」と呼びかけられました。 最初は、それがイエスだと分からず、その墓を守る園丁だと思っていたマリアに、イエスは、「わたしは、父なる神のところに上ると、弟子たちに告げなさい。」と語られたのです。 驚いたマリアは、急いで弟子たちのところに行って、「わたしはイエスを見た。 そのイエスは父なる神のもとへ上ると言われた。」と弟子たちに証言したのです。 告げられた弟子たちは、「ユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけて閉じこもっていた」とあります。 自分たちが慕って、生涯をささげて従ってきたそのイエスが、処刑されるという予想外の事態に直面した直後のことです。 焦燥感と諦めと、悲しみと苦しみに縛られているなかでも、弟子たちは集まって祈っていたというのです。 そこにイエスが現れて、「あなたがたに平和があるように」と言われました。 弟子たちは「主を見て喜んだ」とあります。 弟子たちはイエスが言われていた、「しばらくすると、あなたがたはもうわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる。 あなたがたは悲しむが、その悲しみは喜びに変わる。 わたしは再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。 その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない。」(16:22)というみ言葉を思い起こして喜びにあふれたのです。 弟子たちは、このみ言葉通りであったと証言する者でなければならなかったのです。 ですから、イエスは手とわき腹をお見せになって、十字架の傷跡をお見せになったのです。 悲しみと絶望に縛られていた弟子たちが解放されて、喜びに変えられた体験、これこそ「復活」の知らせ、「福音」です。 絶望と恐れと悲しみの向こうに現れる「神の平安」、「神の赦し」です。
縛られていた不安と恐れからの解放に満たされた弟子たちに、イエスは、「父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」と言われたのです。 復活したイエスに出会うという体験は、そのイエスから遣わされるという体験であったと言うのです。 弟子たちが遣わされるためには、先ず、イエスが復活したと証言する人でなければならなかったのです。 そして、もうひとつ、イエスの息が吹きつけられなければならなかったのです。 イエスと同じように父なる神のもとへ帰る、復活の命に生きるために、イエスは「聖霊を受けなさい」と言われたのです。 「わたしが注いでいるその聖霊をしっかり受け止めなさい。 その力によって出て行きなさい。」と言われたのです。 その力は、「だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される」、罪を赦す権能であると言われるのです。 息を注ぎ続けてくださっているイエスとともに弟子たちが歩むなら、そこは罪を赦す「神の平和」に包まれると言っておられるのです。 「十字架の死を経てよみがえられたというイエスの復活」が、「絶望と恐怖から解放されて、悲しみが喜びに変えられた弟子たちの復活」を支えているのです。 神との間に取り戻した「赦しと和解」が、私たち人と人との間にも「赦しと和解」をもたらし、「神の平和」を取り戻すというのです。 今日でもなお、弟子たちに授けられたこの復活の福音を、私たちは語り続けることができます。 聖霊によって働き続けてくださっている復活されたイエスに、私たちもまた出会うことができ、一人一人にふさわしいところに遣わされていくのです。
「立て、行こう」 マタイによる福音書26章36~46節
イエスは最後の晩餐の中で、すでに「弟子たちのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている」ことを見抜いておられました。 いよいよ、その者が身近に迫ってくる、その緊迫した時です。 イエスはいつものように、いつものところで、父なる神との交わり、祈りの時をもっておられたのです。 イエスは弟子たちに言います。 「わたしが向こうへ行って祈っている間、ここに座っていなさい。」 これから十人の弟子のうちの一人ユダに率いられた人びとに捕らえられ、裁かれ、十字架に架けられ、死に及びます。 父なる神のみ心である十字架の死という出来事によって引き起こされる、弟子たちとの「別れ」がここに示されています。 この地上に愛する弟子たちを残して、ひとり孤独の中に去って行かれたイエスの姿が象徴されています。 その時のイエスの言葉です。 「ここを離れず、わたしと共に目を覚ましていなさい。 誘惑に陥らぬように、目を覚まして祈っていなさい。」 イエスが弟子たちに最後に教えられたこと、それが「祈ること」でした。 今からイエスご自身の無残な十字架の姿に直面しなければならない弟子たち、ここに留まり、離れないでじっと座っていることさえもできなくなってしまうであろう弟子たちに、「ここを離れてはならない。 ここに留まっていなさい。 目を覚まして起きて、祈り続けなさい。」と、その緊迫したなかで弟子たちにイエスは告げられたのでした。
同時に、イエスはご自身の「悲しみもだえる姿」、「わたしは死ぬばかりに悲しいと訴える姿」「うつ伏せになって、万策尽きたかのような姿」を、弟子たちにお見せになるのです。 「父よ、できることなら、この杯を、わたしから過ぎ去らせてください。」と訴える姿を、わざわざお見せになるのです。 イエスはそのような弱さをもった人の姿をとったうえで、「しかし、わたしの願いどおりではなく、み心のままに。 あなたのみ心が行われますように。」と祈っておられるのです。 それも三度も同じ言葉で祈られたと言うのです。 そのような切実な祈りを続けておられるイエスの傍らにいる弟子たちの姿が、「眠っていた」姿、「ひどく眠かった」姿でした。 弟子たちはイエスの言葉に従うことができませんでした。 イエスと共に祈るこができませんでした。 弟子たちだけではありません。 父なる神からも何の応答もなく、神の沈黙のなかにありました。 弟子たちからも、父なる神からも見捨てられ、孤独の中にありながらも、なぜイエスは「あなたのみ心が行われますように」と確信をもって十字架の道に歩むことができたのでしょうか。
この神の沈黙は、罪人の滅びを代って担う捨てられる苦しみをイエスに味わせることになる父なる神の悲しみです。 イエスの願いを聞き入れることのできない、共に苦しんでおられる父なる神の痛みです。 ルカによる福音書は、「天使が天から現れて、イエスを力づけた」と記しています。 父なる神は、この「杯」を乗り越えることができるようにと、神のもとから力を与えられたのです。 神の沈黙は、イエスが神に従うための備えの時でした。 神は、「わたしの思いは、あなたたちの思いとは異なる。 わたしの思いは、あなたたちの思いを、高く超えている。」(イザヤ55:8-9)と言われます。 この確信に至ったイエスは、立ち上がって十字架の道を歩み進められたのです。 眠り込んでいる弟子たちに、父なる神の答えのないまま天からの力を受けて、確信をもって「時が近づいた。 罪人たちの手に、わたしは引き渡される。 立て、行こう。」と裏切り続けた弟子たちに呼びかけ、眠り込んでいる弟子たちを呼び起こしておられるのです。 弟子たちの弱さを十分ご存じのうえで、すべてを赦したうえで、「時が来た。 起きなさい。 立ち上がりなさい。 一緒に立って、歩んで行こう。」と言われたのです。神の沈黙が与えたもの、それが「イエスの復活」です。
「ともし火と油」 マタイによる福音書25章1~13節
「天の国は次のようにたとえられる」と言われるこの「たとえ」は、ご自分の命を捨てる十字架を前にしたイエスが、死んで再び戻ってくるという終わりの日の厳粛さのなかに語られている「たとえ」です。
ユダヤの結婚式は、夜から始まります。 花婿が花嫁を迎えに行き、花嫁を連れて自分の家に行き、婚宴が始まるというのが一般的なユダヤの結婚式であったようです。 この「たとえ」によりますと、十人のおとめが手に「ともし火」を持って、花婿を迎えに出て行った。 ところが、花婿が来るのが遅れてしまった。 十人のおとめ全員が待ちくたびれて、眠気がさして眠り込んでしまったと言います。 そこに、「花婿だ。 迎えに出なさい。」という叫び声が届いた。 その声を聞いて、全員が起きてそれぞれの「ともし火」を整えた。 ところが、花婿が到着して一緒に婚宴の席につくことができたのは五人だけであった。 その他の五人は間に合わず、家の戸が閉められて入ることができなかった。 時が限られていて、大事な時に喜びの婚宴に加わることができなかったという「たとえ」です。 この「十人のおとめ」とは、花婿を「ともし火」を持って出迎える人たちです。 花婿の到着が遅れたため、眠り込んでしまった人たちです。 花婿が到着したという知らせを聞いて、急いで「ともし火」を整えた人たちです。 その違いは何らありません。 ところが、「賢いおとめ」と「愚かなおとめ」に分かれたと言うのです。 その違いは、油を用意していたかどうかという違いでした。 「ともし火」は、芯に油を染み込ませて明かりをつけるものであったでしょう。 その「ともし火」を灯し続けるために、「油」を入れる「壺」に注ぎ足す「油」を準備していたかどうか。 これが、この「たとえ」の言うおとめたちの違いです。
問題は、この「花婿を迎える」という意味です。 イエスはこれからご自分の命をささげようとしておられるのです。 イエスは、「命を捨てなければならない」という、神のもとから捨てられるということの恐ろしさのゆえに、この身からこの杯を去らせてくださいとまで祈られています。 神から裁かれ、捨てられるという人間の「死」を味わい尽くしてくださったのです。 恐ろしい「死」の現実を目の前にしながら、その「死」の力を越えるものがあることを指し示そうとなさったのです。 私たちが裁かれなければならない「滅び」を代って体験し、苦悩と悲しみの中に降ってきてくださったのです。 そのイエスを、私たちが信じることができない「よみがえり」という方法で、父なる神がイエスを「死」の中から引き上げられたのです。 「花婿を迎える」ということは、このよみがえられたイエスを迎え入れために待つことです。 すべての人の前に再び現れ出るイエスを迎え入れるということは、婚宴の日、喜びの日だと語っているのです。 だから、明るく照らす「ともし火」、イエスの光を受けて輝く「信仰」と一緒に、「ともし火」に注ぎ足す「聖霊の油」を備えなさい。 その油の「壺」である「祈り」によって、注ぎ足されて蓄えなさいと語っているのではないでしょうか。 「油」とは、求める者には必ず神が与えてくださる聖霊です。 この賜物は、人に依存して与えられるものではありません。 自ら、花婿であるイエスを出迎えて、向かい合って初めて与えられるものです。 人情や感情によって、助け合いによって融通してもらうものではありません。 自分の人生を他の人に代わってもらうことのできない厳粛さを憶えて、「あなたがたは、その日その時を知らないのだから、目を覚ましていなさい。」と、これから十字架に向かい、「死」を味わい尽くすところに向かわれるイエスによって、弟子たちに問われたのではないでしょうか。
「もう見ている復活の主」 ヨハネによる福音書9章35~41節
「外に追い出された彼」と「ファリサイ派の人々」と「イエス」がいます。 「彼」とは、生まれつき目の見えなかった人です。 通り沿いに座って物乞いをしていた人です。 弟子たちが、「この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したのですか。 本人ですか。 それとも両親ですか。」と尋ねるぐらい、だれも気にもかけていなかった存在です。 そんな「彼」にイエスは、「土をこねて彼の目に塗り、シロアムの池に行って洗いなさい」と言われた。 イエスの言う通りにした「彼」の目が見えるようになった。 不思議がる近所の人々が「お前の目はどのようにして開いたのか」といくら尋ねても、「彼」は目が見えるようになった事実しか答えることができない。 治してくれたイエスが、いったいだれなのかさえ分からない。 その出来事を聞きつけたファリサイ派の人々が、イエスを裁く格好の出来事としてイエスが行った安息日に禁じられている行いを公に挙げつらうために尋問するのです。 ファリサイ派の人々は、「彼」だけでなく、その両親までも呼び出すのです。 両親は、イエスを「救い主である、メシアである」と証言すれば、社会から追放する権力をファリサイ派の人々がもっていることを知っている。 問い詰められても両親は答えず、本人から聴くようにと逃げる。 近所の人々にも、両親にも追い出され孤独となった「彼」は、それでも「あの方は罪人かどうか、わたしには分かりません。 ただひとつ知っていることは、目の見えなかったこのわたしが、今見えるということです。 神は罪人の言うことはお聞きにならない。 しかし、神をあがめ、そのみ心を行う人の言うことは、お聞きになると承知しています。 もし、あの方が神のもとから来られたのでなければ、このようなわたしの目が見えるようにしてくださることはできなかったはずです。」と証言したのです。 その時の「彼」の身に起こった出来事が、この聖書箇所です。
目が見えず、通り沿いに物乞いをしていた「彼」の姿に目を留められたイエスが、再び、外に追い出された「彼」を求めて出会ってくださった。 そして、「人の子を信じるか」と尋ねられたと言うのです。 「人の子」とは、終わりの日に神のもとから遣わされる「救い主」と信じられていた人です。 そう尋ねられた「彼」は、「その方を信じたいのです。」と思わず答えている。 自分の身に起こされた事実は、神のもとから来た者でなければ引き起こすことができないと、「彼」は信じることができた。 そのお方こそ、「人の子」ではないかと思うまでになっていた。 自分では理解することも、説明することもできないが、そのお方を「わたしは信じたい。 そのお方にもう一度、お会いしたい。」 これが「彼」の願いでした。 その「彼」にイエスに言われたのです。 「あなたはもう出会っている。 もうすでに見ている。 新しい目でみえるようになったものは、あなたと話しているこのわたしである。」 その言葉に圧倒されて答えた「彼」の言葉が、「主よ、信じます。」でした。 その「彼」を、最初に目を留め、ずっと見守っていたのはイエスです。 そして、ひとり外に追い出された「彼」に最初に近づいてきてくださったのもイエスです。 ご自身を見えるようにして、ひざまずいて礼拝するまでに「彼」を変えられたのです。 私たちにとって「復活」の出来事こそ、自分の新しい目が開かれる。 その目で、よみがえられて霊なる姿になって働いてくださっているイエスを仰ぐことができる。 昔のままの目で見ている自分が壊されて、視点を変えられて、方向を転換されて、見えなかったイエスの姿を取り戻すことができる。 もうすでに起こされている恵みに、視点を変えられて気づくこと、これが私たちにとっての「復活」の出来事であると、「彼」の身に起こされた事実によってイエスは語っておられるのです。
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