「一度も通ったことのない、行くべき道」 ヨシュア記3章1~17節
ヨシュアはモーセの後継者として神に選ばれた人物です。 「ヨセフよ、一生の間、あなたの行く手に立ちはだかる者はないであろう。 あなたを見放すことも、見捨てることもない。 強く、雄々しくあれ。 うろたえてはならない。 おののいてもならない。 あなたがどこへ行ってもあなたの神、主はともにいる。」と力強く神さまの声がかかったのです。 主がご自身の戦いの為に、ご自身のご計画を果たす為に、モーセやヨシュアを選び、任命し、約束されたのです。 具体的な指示まで伝えて、神ご自身が戦っておられたのです。 ですから、「あなたと共にいる。 あなたを見放すことも、見捨てることもない。 うろたえてはならない。 おののいてもならない。 戒めを守り、右にも左にもそれないなら、その行く先々で栄える。 神自身が戦っておられる戦いであるから、神に信頼し共にあるなら祝福を得るのは当然である。」と言われたのです。 その通りに歩んだヨシュアは、その生涯を終えようとするその最後に、「行く手に立ちはだかる者は、今日まで一人もいなかった。 主が約束された通り、御自ら戦ってくださった。 主が約束されたことは、何一つたがうことなく、すべて実現した。」と振り返ったというのです。
これから立ち向かう戦いにすでに「勝利」を確信していたヨシュアは、シティムを出発しヨルダン川の川岸まで足を進めたのです。 イスラエルの部族を率いた、女性や子どもや家畜まで含めた大集団です。 問題は、3月から4月頃、雪解け水のために両岸いっぱいまで水かさが増し、流れの速さも増していたのでしょう。 ヨルダン川のほとりまでやってきた大集団が、そこで3日間の足止めをくったのです。 自分たちの力ではどうすることもできない状況であったのでしょう。 そこで、ヨシュアは神さまのご指示を3日間待ったのです。 神さまのみ言葉を待ち続けたヨシュアは、ついにイスラエルの人々にこう命じます。 「主の契約の箱をレビ人の祭司たちが担ぐのを見たなら、今いる所をたって、その後に続きなさい。 その契約の箱には近寄らず、距離をとりなさい。 そうすれば、これまで一度も通ったことのない道であるが、あなたたちの行くべき道が分かるようになる。 自分自身を聖別しなさい。 主は明日、あなたたちの中に、驚くべきことを行われる。」 続けて祭司たちには、「契約の箱を担ぎ、民の先に立って、ヨルダン川を渡りなさい。」と命じたのです。 そこで再び、神さまの声がヨシュアに響きます。 「今日から、全イスラエルの見ている前であなたを大いなる者にする。 わたしが、モーセと共にいたように、あなたと共にいることを、すべての者に知らせる。 あなたは、契約の箱を担ぐ祭司たちに、ヨルダン川の水際に着いたら、ヨルダン川の中に立ち止まれと命じなさい。」と主が言われたのです。 「ヨルダン川」とは、自分の力だけでは乗り越えることのできないものを見つめさせるところでしょう。 ヨルダン川の中に入って、そこで立ち止まる「主の契約の箱」を見なさいと言われるのです。 渡ることなどできないと思っている川の中に主が入って行って、立ち止まっておられるのを見なさい。 主が激しい流れの中におられると分かったなら、今いる所を立ち上がりなさい。 そして、その主に従って、その後に続きなさいと言われているのです。 これから、驚くべきことをなされる主を畏れて聖別し、備えをしなさい。 「そうすれば、これまで一度も通ったことのない道が切り開かれる。 その道を通ることになる。 それが私たちの行くべき道であることが分かるようになる。」という約束を、ヨシュアはイスラエルの大集団とともに聞いたのです。 主の約束にのみ頼り、一歩足を踏み入れた時に初めて、驚くべきことがなされる主の力、「一度も通ったことのない道」に触れたのです。