牧師館より 2013.11.3
2013-11-03
# 東北の地が、楽天イーグルスの日本一で湧き立ちました。 その喜びは、2011年3月11日に起きたあの東日本大震災の際に叫んだ「一ヶ月半で分かったことがある。 人のために戦う人間は強いということです。 絶対に見せましょう、東北の底力を」という言葉が、足かけ3年をかけて実現したからでしょうか。 いや、困難に打ち勝ちたいという人々の願いが、しばしの間、一つとなって実現したからでしょうか。 確かに、私たちは一つのことを、一つとなってやり遂げた時に、強い絆によって固く結ばれる体感を得ることができます。 まさに、その喜びを一緒に感じながら、選手の健闘に心から拍手を送ったのだと思います。
しかし、私たちの喜びは、状況によって左右される喜びではありません。 聖書は、「主において常に喜びなさい」と言います。 私たちは、何によっても左右されない「常に」喜びの中にある者です。 状況がどのように展開したとしても、「イエスにおいて」喜びで湧き立つ日々でありたいと心から願います。 「どんなことでも思い煩うのはやめなさい。 何事につけ、感謝をこめて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。 人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守る。」と言われています。 (牧師 村上悦二)#
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