先週の聖書研究・祈祷会の恵みから
2013-07-25
聖書 マタイによる福音書5章1~12節
*イエスの山上の教えは、弟子たちに語られたものです。 そのイエスの教えを、弟子たちを取り囲む群衆
がイエスの言葉として聞いたのです。 「心の貧しい人は幸いである。」とイエスは祝福します。 心を
貧しくしなさいと戒めているのではありません。 すでに救われているあなたがたは、心の貧しい者たち
である。 直訳すると「霊において貧しい人々」、霊なる神に対して貧しい人であると言います。
*私たちは、神にだけに寄り頼む者、何も持たないで神の前に立つ貧しい者です。 自分で自分を救うことのできないと知っている貧しい者です。 すでに救われた幸いにあるから、神の前に自分の姿を見ることができる。 自分の罪を知ることができる。 その罪が十字架の死によって赦されていることに必ず気づくことができる。 イエスは、神の前に貧しくなっている者は幸いであると言います。
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