先週の聖書研究・祈祷会の恵みから
2013-04-18
聖書 使徒言行録16章16~40節
*パウロの宣教は、マケドニア州の都市フィリピに入って行きます。 そこで、占いの霊に取りつかれた女奴隷が、パウロのイエス・キリストの名による叫びによって解放されます。 そのことで言われなき訴えを受け投獄されたパウロたちは、鞭で打たれ、厳重に見張られた牢にがんじがらめにされます。 しかし、そのような最悪の状態と思われるところでこそ、福音の力が働きます。
*一番奥にある牢に入れられたパウロたちは、賛美の歌を歌って神に祈っている。 他の囚人たちは、これに聞き入っている。 牢の戸がみな開く。 すべての囚人の鎖も外れる。 囚人たちだれ一人として、その場から離れようともしない。 一瞬にして、すべてのものが解放される状況になった。 牢の看守とその家族までもが救われた。 ローマ市民権をもっていたパウロたちは、牢に入る言われはなかった。 しかし、フィリピでの教会の誕生のために不可欠なパウロたちの働き、福音の導きであったのです。
←「「祝福の源」 ヨハネによる福音書20章19~29節 」前の記事へ 次の記事へ「「私たちの感謝と献身」 マルコによる福音書12章13~17節 」→