秋田バプテスト教会 |公式ホームページ

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「祝福の源」 創世記12章1~8節

2020-08-30

神はアブラハムに3つの命令をくだしました。 「あなたは生まれ故郷を離れなさい。 父の家を離れなさい。 わたしの示す地に行きなさい。」というものでした。 この命令のために、神は6つの祝福を約束されました。 「わたしはあなたを大いなる国民にする。 あなたを祝福する。 あなたの名を高める。 あなたは祝福の源となる。 祝福するにしろ、呪うにしてもあなたを用いる。 すべての民は、あなたによって祝福に入る。」というものでした。 この3つの命令と6つの約束の言葉に従って、アブラハムは旅立ったと言います。 アブラハムがどのような人物であったとか、どのような状態であったとかに関係なく、神がみ言葉によってアブラハムを選んで、呼びかけ、この旅立ちを引き起こしているのです。 この神のみ言葉にアブラハムが応えて、従って、妻と甥と蓄えたすべての財産、そして途中で加わってきた人々を連れて旅立ったのです。 安住の地、安定の地を捨てて、経験したこともない、知識も持ち合わせていない異教の地に行きなさいということでしょう。 しがらみもない、血のつながりもない、社会的な礎もない、土地も権利もない神がご用意しているところに出かけて行き、そこで神の働きの為に用いられる。 その為に、アブラハムを祝福し、神の民の為にアブラハムを祝福の源とするということでしょう。 故郷を捨てることも、父の家を捨てることも、アブラハムには戸惑いがあったでしょう。 到底信じることができないような約束を、信じることができなかったのでしょう。 それでも、神のご命令であるからとアブラハムは、戸惑いながらも旅立ったのです。 神が示した地、カナン地方に入った時、神はアブラハムに「あなたの子孫にこの土地を与える。」と重ねて呼びかけられたのです。 しかし、アブラハムには息子がいなかった。 すでに75歳であったと言います。 妻サラにとっても、もはや子どもは与えられないと諦めていたふしがあります。 カナン地方には、すでにカナン人が住んでいる。 偶像礼拝がなされ、人間がつくったもので固められたところに、自分たちの土地が与えられてどのような意味があるのだろうと思ったかもしれない。 それでも、アブラハムは神の祝福の中味というよりは、その祝福を注いでくださろうとする神ご自身に従ったのでしょう。 
 私たちは神の祝福を、勝手に自分のものさしで決めつけようとします。 もし自分が望んでいる祝福でなかったなら、神がご用意してくださった祝福を拒もうとするのです。 神がご覧になっていてくださって、すべてを承知して私たちにくださるのならそれで十分です。 自分がその行き先が分からなくても、神が備えて、これがふさわしいとするなら十分です。 アブラハムは自分が安住できると思っているところを捨てなさいと言われました。 自分が祝福であると思っているものを捨てて、神が備えておられる場所と祝福を受け取りなさいと迫られたのです。 それはあなた自身のためではない。 あなたに関わるすべての人の「祝福の源」となるためであると言われたのです。 豊かに祝福が私たちに注がれるのは、「祝福の源」となるためです。 その向こうにいる、その祝福からこぼれ落ちている人々の為です。 注がれた祝福を運びなさい。 注ぎなさい。 渇くことのない泉のごとく湧き出てくる神の祝福は、その周囲にまで及ぶと約束してくださっているのです。 「すべての民は、あなたによって祝福に入る」という約束も、「あなたの子孫にこの土地を与える」という約束も、その175年の人生で目にすることはありませんでした。 妻を葬る墓地のわずかな土地だけでした。 それでも、アブラハムは神の約束にその生涯を生きることができたのです。 神の約束の言葉は必ず果たされるのです。 数百年後、アブラハムに約束された神の民の祝福は実現されたのです。



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