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「眠りについた人たちの初穂」 コリントの信徒への手紙一15章20~28節

2017-11-26

 パウロは、「キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。」と言います。 「神の子であるイエス・キリストには復活が起きてもおかしくはないだろう。 しかし、私たちの身に死からよみがえるということが起きるとは考えられない。」と言って憚らないコリントの教会の人たちに向けて、パウロは訴えるのです。 「死者の中から復活したキリストは、眠りについた人たちが目をさます先がけとなってくださった。」 「死んで葬られた者たちの復活の初穂となって、父なる神に刈り取られたのだ。」と言っているのです。 パウロが語る「復活」とは、ただ死んだ人が生き返ることではありません。 死んだ人が死ぬ前の体、命を取り戻して、再び、元の人間として立ち上がるというものでもありません。 再生ではなく新しく生まれることだと言います。 かつての命、元の体の回復ではないのです。 全く別の新しい命、新しい体を与えられて、新しく創造されることだと言います。 土の塵に帰るべきこの体を脱ぎ捨てて、神の息に吹き入れられた霊による体を取り戻す。 もはや死ぬことのない、朽ちない新しい霊の体によみがえさせられることであるとパウロは言っているのです。 まさにイエスが、この新しい体、新しい命を、地上の人々が自分の力で自分の手に入れようとすればするほど失うものである。 ご自身の十字架と復活によって神から与えられる賜物であると受け取るものである。 この与えられた命を大切に生きる者が手にすることができるものであると語られたものです。 
 パウロは、復活には順序があると言います。 「最初にキリスト、次いでキリストが来られるときにキリストに属している人たち」 そして、「世の終わりが来る」と言っています。 最初にキリストの復活が起こされる。 それから、その復活されたキリストが再び来られる。 そして、私たちキリストに属する者の復活が起こされる。 そして、この世の最後を迎えると大胆に語っています。 その最後こそ、神のもとから引き離そうとするすべての地上の支配が滅びる。 一生懸命に人が造り上げてきた権威や権力もすべて失われる。 すべてのものが復活されたキリストの足もとに降った時、「最後の敵として、死が滅ぼされる。」 最も恐ろしい敵である「死」を私たちが克服する。 その時こそ、神の完全な支配が完成される。 「アダム」のもとに入り込んできた「死」から解放される時である。 「世の終わりである。」 それが復活の業の目的であり、復活の業の力である。 「神がすべてにおいてすべてとなられるため」であるとパウロは言うのです。 そのために、よみがえられたキリストは再び、私たちのところに来なければならないのです。 キリストを信じて、従っている私たちがよみがえるためです。 天からの新しい霊の命に私たちが生きるように、救いが完成されるためです。 罪に定められ、死に定められた私たちが、死からも、罪からも救い出されて解放されるためです。 それは、「神がすべてにおいてすべてとなられるため」です。 私たちが、復活があるとかないとか問うべきではありません。 よみがえられたキリストによって、「神がすべてにおいてすべてとなられるため」に復活の業は起こされるのです。 世の終わりに、私たちは復活するのです。 それが、神が独り子イエス・キリストを死に渡し、よみがえらされた目的です。 「初穂」とは作物を先取りし、代表するものでしょう。 すべての収穫のなかで、最初で最高のものでしょう。 キリストの復活は、私たちの復活のために先んじてなされたものです。 死に定められた私たちをよみがえらせるためです。 死んだ人にも、生きている人にも主となられるためです。 それが、一人でも滅びることがないようにと、すべての人が立ち戻ることを望んでおられる主なる神のみ心です。 この地上に生きているキリスト者には、終わりの日に朽ちない体を与えられて、救いが完成されるという約束と大きな希望があるのです。



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